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#3 ヒア・トゥデイ/ザ・ビーチ・ボーイズ
高校3年の時の同級生にKくんがいた。TMネットワークの大ファンで、UTSUの目にかかる前髪を再現しながら“かもん・れっつ・だんす♪えびばでぃ・・・”と口ずさむイケメンだった。
音楽の趣味はまったく合わなかったが、なぜかいつも音楽談義をしていた。私は落語好きが独り歩きして、クラスメイトからは「シショウ」と呼ばれていた。
欲しいCDの話題になり、最近ビーチ・ボーイズの【ペット・サウンズ】がCD化されたと私が興奮気味に話したことがあった。私はCDを持っていなかったので、いつか手に入れたいとKくんに思いを伝えた。ある日、Kくんが【ペット・サウンズ】のCDを買ったと学校に持ってきた。
「シショウが聴きたいっていうからサ、買ってみたよ」。私は驚くと同時に彼のやさしさに深く感動した。さっそくカセットにいれてもらって、あの有名な達郎さんのライナーもコピーしてくれた。何度も聞き返す中で、今まで体験したことのない中毒性を感じ、ほかのどんな音楽にも似ていない、どの音楽の影響かもわからないという、まさしく人生観や音楽とのかかわり方をひっくり返す、きわめて重要な出来事となった。
中でも私の心を揺さぶったのは「ヒア・トゥデイ」だった。導入部の鍵盤が織りなす不穏な空気。そこに載るマイク・ラブの抑制した快活さ。目まぐるしいアップダウンの旋律が、リスナーをスリリングな迷路にいざなう。友人は恋をしている、僕はすでにその相手にふられた男。込み入った相関図だ。ふられた男からふった女を愛する友人へ、今一つ後ろ向きなアドバイスが続く。Bメロは下降しながら道を探るような不安な気持ちがうごめく。
Cメロでは一転、上昇展開しながらもまだその不安はぬぐえない様子がうかがえる、果たしてこの道で正しいのかと。そこに大サビである。分厚い多重コーラスとともに、「今日の恋愛も明日には過ぎ去っていくのさ」と軽やかに歌われる。それでも好きなんだろ?という失恋男のふっきれた開放感がたまらないのだ。
私の聴取マナーとしては、音楽をアルバム全体で聴くことが多いが、アルバム全体を聴かなければ【ペット・サウンズ】の包容力や空気感、時代を超えた普遍的な魅力は伝わらない。サブスク、タイパ、早送り、倍速などの聴取行為は文化芸術を味わうことへの、大いなる冒涜・反義である。
「ヒア・トゥデイ」がF.O.していくと、生きづらさを抱えたブライアンの苦悩ソングが現れる。“時々無性に悲しくなるんだ”。時代になじめない「駄目な僕」。切なすぎて、聞きながら泣きたくなってしまう。私の人生にとても重要で素晴らしい贈り物をくれたKくんは、今どうしているのだろう。88年日本初CD化の【ペット・サウンズ】を、今も持ち続けているだろうか。
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