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100年前に北米で日本人が営んだ銭湯を訪ねる


七夕の日から、シアトルへ行ってきます。あとバンクーバーも少し。

100年前、アメリカやカナダで日本人が銭湯を営んでいた。

にわかには信じがたいそんな歴史があることをご存知でしょうか?

さらに、シアトルに当時の銭湯が現存しているそうなのです。北米唯一です。


明治時代に日本人は出稼ぎで北米や南米に渡っていました。教科書にも出てくる事実ではあるし、大学でブラジル文化を学んでいたので、その歴史はもちろん知っています。

異国の地で生活する中で、日本人街を形成し生活していたことはわかっていましたが、まさか、銭湯までも造り上げて商売をしていたとは。

この事実を知ったのは、2018年に鹿児島市にある錦湯さんに訪問した時のことです。


創業はどれくらいなんですか?と何気に尋ねたところ、"100年前くらいで、創業地はバンクーバー"と答えられ、冗談かと思いきや、出稼ぎ日本人の歴史のことをお話し頂きました。本当なんだと衝撃を受けました。 


銭湯にこんな裏歴史で伝説みたいな話があるとは…!!


錦湯さんはバンクーバーで創業され、帰国後に錦湯を建てられたそう。話によると、鹿児島市内でもシアトルやバンクーバーが創業地の銭湯が他にもあったそうです。逆輸入的に銭湯がつくられたなんて誰も想像しないことでしょう。

鹿児島は温泉銭湯が多く、錦湯さんも温泉が沸いている。



100年前、当時の日本人には全く未開の地であった北米で銭湯を造って、風呂に入っていた。

そこまでさせる日本人の風呂への欲求、風呂とのアイデンティティ。

どんな風景や想いがそこにはあったのでしょうか…。


このnoteを読んで、びっくりした方がほとんどかと思いますが、その詳しい歴史は日本ではほとんど知られていません。おそらく北米においても、100年前の日本人街の銭湯の話なんて誰も気にはとめませんよね。

ですが、北米の銭湯の歴史について研究している方がいるかもしれないので、手がかりを掴みたいと思っています。


今回の旅では主にシアトルに滞在し、現存する橋立湯に行きます。


橋立湯はパナマホテルの地下にあり、60年前ほどに銭湯としての役目を終え、その後閉鎖されているようです。パナマホテルの情報はこちら。

詳しい歴史については、Kindle本で書籍化されています。こちら

必読です!

実は、この著者でもある疋田さんをはじめとしたパナマホテルの関係者の方から"橋立湯を復活できないか"という相談を昨年いただき、連絡をとってきました。

鹿児島の錦湯さん以来、ずっと心の奥底でいつかは北米で銭湯探訪してみたいと思ってましたが、ついにご縁が巡ってきたなと。。。

しかも、橋立湯を復活できないかというミッション。ゆとなみ社として、銭湯活動家としての冥利につきます。

施設の老朽化、アメリカのインフラ事情や法律など色々な課題があるかと思います。

さすがに営業することは難しいと思うので、1日限定でも沸かすことはできるのではないかと構想しています。

アメリカのどデカいホームセンターに行けば、絶対になんとかなりそうじゃないですか。笑

映画 「The Equalizer」 より



渡米まで2週間切りました。


当時と同じように船便で行けないのが残念ですが、10年以上ぶりの海外、しかもアメリカは初めてなのでワクワクしています。



色々書き足りないので、また続編書きます。

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