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マスクはどうする? − 見えない敵と向き合う難しさ(JES通信【vol.162】2023.3.9.ドクター米沢のミニコラムより。加筆あり)

●3月13日からマスク着用は個人の判断、とのことですが…

 今回もコロナの話です。すでにご存じのように、政府はマスクの使い方について、「これまで屋外では原則不要、屋内では原則着用としていましたが、令和5年3月13日から、マスク着用は個人の判断が基本となります」と発表しました。それを踏まえ厚生労働省から新しいリーフレットが発行されています(資料1)。海外では感染拡大期にマスクを義務化した国も多いのですが、日本では一度も義務化されたことがありません。マスクが推奨される場面はあっても、そもそも個人の判断で使われていたのです。

●施設管理者は着用を求めることができます

 一方、公共交通機関、百貨店、飲食店などではマスクの着用を求められ、従わない場合は利用を断られることもありました。これは施設管理者の権限によるものです。資料1の下の方を見ていただくと、「事業者の判断でマスク着用を求められる場合や従業員がマスクを着用している場合があります」と書かれています。つまり施設管理者の判断で利用者にマスク着用を求めることができるのです。これは3月13日以降も変わりません。
 今回のように政府の方針が出されると、業界団体はガイドラインを出します。たとえば経団連は2020年5月以来、ガイドラインの改訂を重ねていて、今回もすぐに指針を出しました(資料2)。各事業体はこれらを参考にしつつ、有識者や産業医の意見も聞くなどして、現場に沿った形で運用していくわけです。独断で決めているわけではありません。

●マスクは嫌ですよね…

 政府の発表を受け、マスク着用の意識についてアンケート調査が報道機関等で行われていますが、どの報告を見ても、3月13日以降も状況に応じてマスクを使うと答えた人は6から8割、状況に関係なく着用しないと答えた人が1から2割くらいのようです。マスクを外す人は少数派のようですが、マスクが好きな人はほとんどいないでしょう。マスクは世の中を覆ったコロナの圧迫感を象徴しているようで、自由を制限されたという思いが強い人にとっては反発心も大きいのだと思います。ただ気になるのはマスクを外す理由として、マスクは感染防止効果がないとか、コロナはただの風邪だとか、世界でマスクをつけているのは日本だけ、といった言説が聞かれることです。マスクについては2022年6月の本コラムで取り上げていますが(資料4)、改めてマスクの効果を確認します。

●マスクは効果がない?

1)素材としての効果
 資料5は東京大学の河岡氏のグループが2020年に行った実験です。これによると感染者がマスクをつけるとウイルス量は70%以上減らせます。一方、受け手が不織布マスクをつけた場合は47%減、布マスクでは17%減であることがわかります。感染者がつける方が効果的ですし、両者がつければより効果は高まるわけです。ウイルスはマスクの網の目より小さいからマスクを通り抜けてしまうとおっしゃる方がいるのですが、資料6からわかるように、不織布マスクは沈降効果、慣性効果、さえぎり効果、拡散効果、帯電効果といったメカニズムで微粒子を捕集するのです。もちろん完全に遮るわけではありませんが、スカスカではないのです。大事なことは吸い込むウイルス量を減らすことなので、マスクは感染対策として十分に役立つのです。
 
2)「ユニバーサルマスク」とは
 このコロナウイルスがやっかいなのは、咽頭痛や発熱などの症状が出る前日や前々日から他人に感染させてしまうことです。さらに感染したのに無症状の人が3割くらいいると言われています(資料7)。これらの人は自分の感染に気づきませんから、友人知人と会食したりノーマスクで会議をすれば、感染の危険が高まります。つまり誰が感染しているかわからないので、「みんなつけてください」(ユニバーサルマスク)ということになったわけです。これがインフルエンザとは違うところです。ユニバーサルマスクの意義のわかりやすい図は資料8をご覧ください。資料9にはお互いが装着するマスクの種類によって感染性がどう変わるかが示されています。あくまでも目安ですが、たとえば感染者がノーマスクで受け手が不織布マスクの場合、30分で感染が起こる可能性があることがわかります。
 
3)実際のマスクの効果を示す研究
 2021年秋には、国際的な医学雑誌でコロナに対する公衆衛生的な対策としてマスクがもっとも効果が高いことが示されました(資料10)。2022年2月に発表されたカリフォルニア州の調査では、サージカルマスクを常に着用すれば感染が半分以下に抑えられることが示されました(資料11)。欧米諸国に比べアジア諸国のコロナ死亡率は1桁低いことがわかっていますが、その要因の大きな一つはマスクの装着率のようです(資料12)。2022年11月には、マスク着用要請の解除に従った学校と従わなかった学校のうち、解除した学校の方で感染者が多かったというマサチューセッツ州の報告も出ています(資料13)。このようにさまざまな国際的な研究からマスクの効果は明らかです。なお2023年1月に、医学論文のシステマティック・レビューを行なう国際的団体のコクランが、「マスクは効果がない」という報告を出したと一部で話題になったのですが、3月10日にコクランの編集長から、「レビューの表現が適切でなく誤解を招いた」というお詫びの声明が出ています(資料1415)。よりわかりやすい報告を出すとのことなので待っているところです。
 
4)皆さん、風邪をひかなくなりましたよね?
 そして何よりもマスクの効果を実感するのは、風邪をひく人が激減したことではないでしょうか。インフルエンザも他の呼吸器感染症も軒並み減りました。そればかりか喘息発作も減ったそうです。これは海外も同様です。しかし一足早く行動制限を解除した2022年の海外では、インフルエンザやRSウイルス感染症、溶連菌感染症が大流行しました。日本でもこの冬はインフルエンザが流行りましたが例年の数分の1です。インフルエンザワクチン接種率は例年と変わらないようなので、マスク装着率の高さがこの結果を生んだ主因と考えるのが妥当でしょう。

●コロナはただの風邪?

 コロナはただの風邪ではない、ということは2022年12月の本コラムで述べました(資料16)。2022年1月以降、オミクロン株による第6波、第7波、第8波で4万人以上が亡くなっています。致死率は2021年夏に流行したデルタ株に比べれば下がりましたが、その主な理由はワクチンの普及であり、ワクチン未接種者・2回以下の人にとっては初期の武漢由来のコロナと同程度の毒性、つまり感染者の20%が肺炎で入院になり2%が亡くなるレベルと考えられています。さらに感染後2から3ヶ月は心血管系障害を発症するリスクが高く、心疾患や脳卒中などが増えています。また糖尿病や認知症の発症リスクも上がるとか、感染者の1割が1年後も後遺症のため生活に支障を来たしているなど、とても「ただの風邪」「インフル並み」とは言えないのです。

●世界でマスクをつけているのは日本だけ?

 外資系企業の方と話していると、「海外はもうマスクしてませんよ」と言われます。海外の映像を見ても、確かにマスクをしている人は少ないようです。しかし資料17を見ていただけばわかるように、マスクを推奨している国はまだまだ多いのです。ではなぜつけないのでしょうか。欧米の人は「義務」でなくなるとすぐに外すようですし、すでに9割以上の人が感染しているので、とりあえず必要性が低いということもあるでしょう。一方、日本の既感染率は2023年2月の時点で約4割、オミクロン対応のワクチンを接種した人が4割台ですから、まだまだ感染しやすい人が多いのです。同列に論じるわけにはいきません。

●マスクの弊害

1)集中力低下、頭痛
 マスクに弊害がないと言っているわけではありません。マスクはうっとうしいだけでなく、集中力が下がるという人もいますし、頭痛が出る人もいます。これは酸素不足、あるいは二酸化炭素濃度が上がるから、という説があるのですが、どうでしょうか。ヴァンダービルト大学医療センターの実験によると(資料18)、10分の歩行運動くらいでは血中の二酸化炭素分圧、血中の酸素飽和率は変わらないことがわかっています。チェスプレーヤーのパフォーマンスがマスクで下がるという報告もあるのですが(資料19)、開始から4時間経つと差がなくなるそうですので、集中力が下がるのは酸素不足ではなく、マスクへの慣れの問題のような気がします。マスクをつけた外科医は手術のパフォーマンスが落ちる、という報告があったら大変ですが、慣れているからこそ問題ないのでしょう。
 マスクのひもが耳やその周囲に負担をかけ頭痛が起こすことがあるようです。また息苦しさが体の緊張を生んでしまうこともありそうです。軟らかいひものマスクを選ぶとか、不要な場合はすぐに外すなど、なるべく負担を減らしましょう。ちなみに私は職場のデスクでは外していて、人が話しかけてきたらつけます。飛行機、電車、バスなどの閉鎖空間では喋らなくてもつけます。夏秋の屋外は外しています。冬春の屋外は保湿、防寒、防塵、花粉対策でつけています。
 
2)表情がわからない
 表情がわかりにくいのも困りますね。マスク姿で会った人のことを覚えにくかったり、久しぶりに会った人を認識するのに時間がかかったりします。私はマスクしている時は話し方やジェスチャーを少しオーバーにするように心がけていますし、初めて会った人には一瞬マスクを外して顔を見せ挨拶するようにしていますが、忘れてしまうかもしれませんね。昨年ある学会でご挨拶して、以後何回かメールでやり取りした医師に、先日久しぶりにお会いしたので声をかけました。でも覚えていらっしゃらないようでちょっと寂しかった。私の印象が薄かっただけかもしれませんが、マスクによってその人を識別できる顔の情報が減り、記憶しにくくなるように思います。ちょっと話したくらいの人は覚えられず、“広く浅い交流”の範囲が狭まる可能性があるかもしれません。
 教育現場ではこの問題がより大きいようです。今回、「卒業式ではマスクを着用しないことを基本としたい」と首相が表明したのもこういった議論を受けてのことでしょう。子どもは家では外していますし、放課後友人と遊んでいる時もけっこう外しているようですが、授業などの“公的な場”ではつけていますので、あまり交流のない子のことは忘れてしまうかもしれません。つまり“広く浅い交流”は減ってしまうように思います。人と人とのつながりを作っていく上でマスクは弊害になるでしょうが、5-11歳のワクチン3回接種率は2023年3月6日時点でまだ8.9%ですので(資料20)、換気や空気清浄機などの十分な対策なしにマスクを外すとどういうことが起こるのか、心配しています。実は今回のコロナ禍でもっとも対策が難しいのは、ワクチン接種率の低い子どもと、相対的に重症化率の高い大人(教師)が密に活動する学校現場ではないかと思ってきました。現在、学校現場には関わっていないのでこれ以上の言及は控えますが、少しでもいい方向性が見出せることを願っています。

●見えない敵と向き合う難しさ

 話を事業所に戻します。今後、コロナが5類の扱いになる2023年5月8日に向け、事業所ごとに対策を練っていかねばなりません。3月6日、大手スーパーのイオンは、来店客へのマスク着用依頼は行わないが、従業員は不織布マスクの着用を継続すると発表しました(資料21)。JR東日本も3月13日から駅や車内でのマスク着用を求めるアナウンスをやめると発表しました。駅員は引き続き着用するそうです(資料22)。一方、私が世話になっているマッサージ店の店主は、「施術中に会話することも多いので、引き続きお客様にマスク着用をお願いする」と語っていました。これからは各社が業務形態を吟味して対応を検討していくことになるでしょうし、やってみないとわからない面もあります。
 厚生労働省のリーフレット(資料1)で気になることがあります。「マスクを着用しましょう」と書かれている場面が、医療機関受診、高齢者施設訪問、混雑する電車・バスとなっているのですが、「これ以外では必要ないと国が言っている」と勘違いする人が出てきて、お店等でトラブルにならないか心配なのです。マスク着用の考え方はタバコに似ています。受動喫煙防止の法律ができる前から職場内禁煙の会社や禁煙店はありました。その方針に皆さん協力していたものと思います。今後も利用する施設・店の方針は尊重しましょう。国は施設管理者に権限があることをもっと周知すべきではないでしょうか。
 本日3月13日、朝の通勤電車ではほとんどの人がマスクをしていました。正しく恐れ対処しているのか、なんとなく不安だからつけているのか、まわりが外していないからつけているのか。あるいは花粉症のためか、実は風邪気味なのにマスクして出勤してしまったのか、理由はわかりませんが、まだ多くの方は慎重に行動しているのだと思います。
 私はマスクの使い方について、以前より以下のように提案してきました。

 ・喋る時、喋る人がいる場所では着用
 ・混雑した場所、換気の悪い場所では着用
 ・屋内は施設の指示に従う

 しかしこの提案も、コロナの流行状況、その人がいる場所、個人要因(ワクチン接種回数、既感染か否か、基礎疾患はあるかなど)の兼ね合いで必要性が変わると思っています。こういう流行状況ならこう対策すればいい、というシンプルな目安が見つかればいいのですが、今のところ難しいようです。コロナという見えない敵とどう向き合うのが望ましいのか、改めて考える日々が続いています。
 
参考資料
1)https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kansentaisaku_00001.html
2)https://www.keidanren.or.jp/policy/2022/064.html
3)https://www.keidanren.or.jp/announce/2023/0213.html
4)https://note.com/sangyo_dialogue/n/nd67b0764f8ab?magazine_key=mc75a0c66547f
5)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201022/k10012674851000.html
6)https://news.yahoo.co.jp/byline/sakamotofumie/20220519-00296733
7)https://www.mhlw.go.jp/content/000936655.pdf
8)https://www.gannawarra.vic.gov.au/News-Media/Wear-a-mask-and-help-stop-the-spread-of-COVID-19
9)https://english.elpais.com/society/2022-02-14/how-long-does-it-take-to-catch-coronavirus-depending-on-the-type-of-mask-youre-wearing.html
10)https://www.facebook.com/100003403973006/posts/4407060102750745/?d=n
11)https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/71/wr/mm7106e1.htm
12)https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=pfbid0zMd2T8n1fL47kovnpTupqLL3rGpyFhALbg55ZkuRqvPC6tbajUV3NQbUWpNqDM4Ml&id=100003403973006
13)https://www.carenet.com/news/journal/carenet/55460
14)https://www.cochranelibrary.com/cdsr/doi/10.1002/14651858.CD006207.pub6/full
15)https://www.cochrane.org/news/statement-physical-interventions-interrupt-or-reduce-spread-respiratory-viruses-review
16)https://note.com/sangyo_dialogue/n/ncf393d2b938f?magazine_key=mc75a0c66547f
17)https://ourworldindata.org/covid-face-coverings
18)https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0247414
19)https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2206528119
20)https://www.kantei.go.jp/jp/content/nenreikaikyubetsu-vaccination_data.pdf
21)https://www.ryutsuu.biz/store/p030615.html
22)https://www.yomiuri.co.jp/national/20230307-OYT1T50266/

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