私が大学生の頃、アメリカに短期留学して家族社会学で初めて小さな論文をまとめたときに、ユング派精神分析を受けた心理学者である林道義の『父性の復権』という本を参考文献のひとつにしました。
そのときの、指導教官からの反応は「何でこんな本を参考文献にするんだ」というものでした。
社会学では、フェミニズムの影響があってか、父性について語ることも、母性について語ることもタブーな風潮がありました。
しかし、林道義が述べているのは心的次元における「父性」のことであって、現代日本の家族や社会の病理に取り組むにあたって「父性」が必要であることを私がはっきりと知ったのは、それから20年近く経ってからでした。
ですから、人間の発達・成長・健康という観点から「父性」について正しく知ることが大切ですし、もちろん「母性」についても正しく知ることが大切です。
世の中に出回っているのは、父性イメージや母性イメージであって、それらを疑ってみることも必要でしょう。
作家の田口ランディさんは「私は父性を持ちたい」というエッセイを書いています。そこには、こう書かれています。
精神分析的にいえば、表面的な人の良さを装いながらどこまでも他者を吞み込む負のグレートマザーを断ち切るときに父性の働きが必要になります。共依存やDVは父性なき暴力であって、心の中に「ルール」や「警察」がないのです。それゆえ、秩序がもたらされないのです。
心理学者の斉藤学は、ある連続殺人事件の犯罪について「父性なきゆえの犯罪」として、「少年Aは警察に逮捕されてやっと心の安らぎを感じているのではないだろうか。なぜなら、彼は初めて警察権力という父性と向き合えたのだから」と述べています。
社会規範が解体したと言われてから随分経ちました。人間の行為が社会規範に従って生きていた時代は終わり、私たちはひとりひとりが自分の心の中に、家族の中に秩序を持たなければいけなくなりました。
従来、カウンセラーは母性的であることが望ましいと言われてきましたが、ご来談者様のメリットのために父性的な対応もできることが、プロか素人かの分かれ目のひとつのようです。
林道義によれば、「父性」の条件は次のようにまとめられます。
イメージされていた父性とはちょっと違う、という印象をもたれたのなら、よかったと思います。良質な父性を心に育てていくことは、誰にでもできるのです。