倒産する出版社に就職する方法・第4回

不人気連載漫画が身も蓋もないショートカットで突如最終回を迎えるごとく、ドクの乗用車デロリアンDMC-12じゃなくてSUZUKIのグラストラッカービッグボーイに乗って夜の帳を切り裂いた私は、2016年にタイムスリップしてきたわけです。

というわけで気を取り直して、ここは港区の高層マンション最上階。

椅子に深く腰掛けたグローバルエリートは「ディズニー」という素材にどう切り込んでいくか、次々に私案を投げかけてきます。

「ディズニーに関係する本ってたくさん出てますよね。あれ、全部読んでみましょう」
「世界中のディズニーランド、現地調査したいですね。カリフォルニアとフロリダ、それからパリ、香港、上海…もちろん東京も」
「企業戦略の面では、米国ウォルト・ディズニー本社の人たちにも直接話を聞かないといけませんね」
「東京ディズニーランドでは、オリエンタルランドの人への取材も外せませんよね。実際に現場で働いているスタッフさんとかバイトさんの生の声も聞いてみないと」
「やっぱり大切なのはディズニーファンの人たちが何を求めているか、でしょうね。そのためにはディズニーが大好きな女の子たちにアンケートをとってみましょう」
「ディズニーに興味・関心のある、いろんな分野の専門家たちに呼びかけて、プロジェクトチームを結成して、全員で議論しながら執筆していったらいいかもしれません」

ディズニー本っていうと、どんな教育をしていたかとか、サービスの秘密とかを元スタッフの人が書いていくのが一般的なわけですが、そうではなく、多角的かつ徹底的に取材してディズニーを捉えなおしてみよう、というわけです。

なるほど、これがムーギー・キム流の素材へのアプローチ法か、と関心しながら提案をノートに書き取っていきます。

そもそも私がムーギー・キムという人物を知り、ディズニー企画をアプローチするきっかけとなったのは、2013年4月、東洋経済オンラインに掲載されたディズニーランド・パリを扱ったコラムでした。

・チケット売り場のお姉さんの動きが緩慢
・夢の国なのに園内が煙草まみれ
・チキンライスは杜撰すぎ、半分凍ったフローズン
・ミッキーとミニー、傲慢すぎねえ?……etc.

ディズニーランドを愛をもちつつ茶化したコラムを読んだ私は、「世界中のディズニーランドを比較したエッセイを書いていただけませんか?」と打診したのです。

「カリフォルニアもフロリダも香港も、当然東京もぜんぶ行った」って書いてあるし、もう取材済みってことで、パリ一つでここまで書けるなら、各国それぞれの長所と短所書きつつ、文化比較も絡めてやったら面白い本になるっしょ、という構想です。

が、このグローバルエリートの熱を帯びた話では、私の想定を大幅に上回るスケール感になってきているではありませんか。
しかし、本当に実現できれば、これはこれでかつてない面白い本になりそうだ、と思い始めます。

ムーギー・キムの著作はここまで2冊、東洋経済新報社とダイヤモンド社から出されていて、次の本も東洋経済から出すことが決まっていると言います。

長年、小出版社で働いてきた者の、負け惜しみとひがみをまとった意地とプライドが疼きます。

「三五館の意地、見せてやろう」

こうなったら、

「それ、金がかかりそうだから、やめませんか?」

なんて軟弱なことは口が裂けても言えません。

「最大限のバックアップをさせていただきます」

力強く言い切るのみです。

アイデアを出し切り、今後の大雑把なスケジュールを確認、「未来に向けて、楽しみな企画ができた」という充実感のうちに打ち合わせもそろそろ終焉に向かいつつある中、グローバルエリートから衝撃の言葉が――。

「ところで、今回のプロジェクト、バジェットは?」

「……」

――時が、止まった――

(なんつった? バ、バジェット? バフェット? な、な、なんか聞いたことある言葉だけど……何なの? 勝算みたいなこと? 展望みたいなもん? いや、マジなんだよ、プロジェクトのバジェットって。意味わかんねえんだけど)

左右に小刻みに振動する眼球。早まる動悸。高速回転するCPU。

しかし、いかに高速で回転しようが、そもそも俺の「バジェット」のページ、真っ白。

ここは都心にそびえる高層マンションに突如現出したサバンナ。
チーターに射すくめられたインパラ。
眼を逸らした刹那、屈服を告げるシグナルを受け取ったチーターは動き出す。
それが命の駆け引き、弱肉強食、自然界の掟。

「ふぅ~~」

長い呼気。

バジェットへの回答を、固唾を吞んで見守るグローバルエリート。
バジョットってなんだよと考えるインパラ。

「すぅ~~」

長い吸気。

身じろぎもせず回答を待ちつづけるグローバルエリート。
投資家にそんな名前の奴いたっけなぁ~と考えるインパラ。

刹那という名の永遠の時間。

「……持ち帰ります」

――時が、動き出す――

「……わかりました」

(タ、ス、かった…?)

「次の駅まで歩いてみよう」

生命の息吹を感じて、足取り軽くオフィス街に駆け出すインパラ。
都会の喧騒さえ今は耳に心地よい。
(つづく)

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