「和」と「寛容」

日本は西洋文明国以外で、最初に西洋化された国だといわれています。戊辰戦争が一八六八年、日清戦争が一八九四年、日露戦争が一九〇四年にに始まり、これでいわゆる西洋国家の仲間に入ったとされています。しかし、私たちが西洋文化を取り入れているか、といえば、それは表面的なものにしかすぎません。

西洋文明についての理解が、いつもどこか、いびつなものになってしまうのは、究極のところでは、「自由」をもっとも重視する西洋文明を、日本文明の根本原理である「和」の立場から理解しようとするからである。西洋的なものをこれほどに取り込んでも、日本が西洋になりきらないのも、「和」の立場を堅持しながらアプローチをおこなうからだ。 

加藤隆『キリスト教の本質「不在の神」はいかにして生まれたか』NHK出版新書2023 21-2頁

「和」と「自由」を対比して述べられている点は、非常に説得的である、と同意します。両者は、対極の位置にある、とさえ考えられます(「社会」か「個」か)。そしてその対立は、日本に特徴的に表れている、と感じます。

「和」について、まず思い浮かべるのは、聖徳太子の憲法十七条の第一条にある「和を以て貴しとなす」という文章です。現代語訳をあげます。

和を最も大切なものとし、争わないようにしなければなりません。人は仲間を集め群れをつくりたがり、人格者は少ない。だから君主や父親にしたがわなかったり、近隣の人ともうまくいかない。しかし上の者が和やかで下の者も素直ならば、議論で対立することがあっても、おのずから道理にかない調和する。そんな世の中になると何事も成就するものだ。 

十七条憲法(原文・現代語訳・解説・英訳)

同一ではなく調和を指向する(和して同ぜず)、ということですね。どうも理想的すぎます。上の者も下の者も「我」を抑え、分をわきまえて物事に処する、ということなのでしょうが、具体的にどういうことなのよ、という感じが先に立ちます。安易に求めれば「同」を指向することになり、「空気による支配」になってしまいます。

「自由」については、「積極的自由(~への自由)」、「消極的自由(~からの自由)」などの定義がありますが、先にあげた引用では、どうやら「個人」の自由という意味のようです。どこまで個人の自由を認めるか、ということですね。愚行権、ある個人の行為などは、周りや社会に害を及ぼさない限りでの自由を認めるべきだ、というものです。

以前、首相秘書官が同性愛者について「見るのも嫌だ」などと発言して問題になりました。私はヘテロ志向の男性ですので、同性愛については理解できませんが、その行為が密室で行われ、私に害が及ばなければ、特に不快感はもちません。というかセックス自体が愚行である(だから、いわれもなく惹かれる)、という気もしますが。

話がそれてしまいました。ここで言う「自由」とは「寛容」という姿勢によって、成り立つものです。異質なことへの寛容さが、愚行権につながるのですが、その許容範囲には、その人の経験などにより、個人差があります。同質的な集団での経験が大きいほど、許容範囲は狭くなる、とされているようです。

同質的な集団に属するということは、「人は仲間を集め群れをつくりたがり、人格者は少ない」ということに、つながります。「寛容」さは異質なものと「和」することで洗練されていくのかもしれません。

そもそも自我というアイデンティティも、私の様々なパーソナリティがよせ集まって、生まれるものなのですから。

ボノボは乳をやりながら発情する。つまり、子どもに対しては母親として接しながら、オスに対してはメスとして接する。(……)しかも、現代人はさらにたくさんのパーソナリティを使い分けている。逆説なんだけど、たくさんのパーソナリティがあるからこそ、自我があるんですね。 

山際寿一『父という余分なもの サルに探る文明の起源』新潮文庫2015 284頁

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