見出し画像

3分講談「バレンタイン・ジャーニー」(テーマ:バレンタイン)

これは、私がまた幼気な少女だったころのお話です。

小学校4年生の2月のこと。学校の休み時間、女子たちの話題は、バレンタインに誰に手作りチョコを渡すかで持ちきりでした。私もご多分に漏れず、お目当ての男の子がいました。けれど、「クラスの男の子に渡すからチョコを作りたい」と、親に言うのがどうにも気恥ずかしくて、とうとう言い出せませんでした。でも、渡したい。そうだ、幸いにもうちは共働きで、夜6時半までは誰も帰ってこないから、その間にこっそり作ってしまおう。

そして迎えた2月13日。学校から急いで帰ってきました。時刻は午後3時半。タイリミットまではあと3時間です。ランドセルを脱ぎ捨てますと、お小遣いをひっつかみまして近所のスーパーへ行き、材料を買ってきました。さっそくチョコ作りに取りかかります。まず板チョコを細かく刻む。これがなかなか難しい。刻んだ拍子に、破片があちこちに飛んで行く。辺り一面チョコまみれ。何とか刻み終えて時計を見ると、午後5時。大丈夫、まだ時間はある。次に、刻んだチョコを湯煎に掛けながら溶かす。生クリームを加えて混ぜる。それを小さな紙カップに注ぐ。上からカラフルな飾りを散らす。出来た!時刻は午後5時50分。よし!あとはこれを冷蔵庫に入れて冷やし固めれば完成……というところで、はたと気づきました。

まずい。冷蔵庫なんかに入れたら、帰ってきたお母さんにバレてしまうじゃないか。

さあどうしよう。私小さな頭で考えました。そうか、今は冬だから、野外に置いておけば固まるんじゃないか。そこでともかくも、チョコのカップをそうっとタッパーに入れまして、それをさらに紙袋に入れて、玄関を出ました。玄関先には小さな庭がございまして、そこには飼い犬のコロがいる。犬小屋がある。そうだ、犬小屋に入れておけば…だめだ、夜お父さんがコロの散歩に行くからバレる。仕方なくそのまま表通りへ出ました。公園の時計は6時ちょうどを指しています。まずい、時間が無い。そうだ、少し行けばおばあちゃんちが…だめだ、おばあちゃんはおしゃべりだ。前だって忘れ物をしたのをすぐにお母さんにバラされたんだ。そうこうするうちに、かかりつけの歯医者さんの前まで来ました。今日の診察はもう終わっているみたいだ。背に腹は替えられない。入り口の植え込みの隅っこに置かせてもらって、明日の朝早く取りにくれば…「あらあさちゃん、どうしたの?」顔なじみの看護師さんに声を掛けられた。「なんでもないです、さよなら~」

紙袋をぶら下げて、当て所もなく町内を一周しました。辺りはもう真っ暗。マフラーもせずに出てきたから寒い。公園の時計をみると6時15分。もう絶望的。そのとき後ろからバスが走ってきた。そばを横切った時にふとバスの中を見ると、窓際に母の姿が。

やばい。

最短ルートを通って猛ダッシュで家に帰りました。ともかくも自分の部屋に紙袋を放り込みましたが、台所は散らかったまんま。バス停からうちまでは5分くらいしかかからない。片付くのが先か、母が家に着くのが先か。さあそしてチョコは固まるのか、固まらないのか。気になるところですが、ちょうどお時間でございます。

(※この物語はフィクションです)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?