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3分講談「髑髏の仇討ち」(テーマ:仇討ち)

亡くなった人の骨というものには、骸骨、どくろ、しゃれこうべ、野晒し―、実に色々な呼び名がございますが、この骸骨というのは、怖いようでいて、どこか愛嬌があったりもいたしますね。

上方落語に『善光寺骨寄せ』という演目がありまして(江戸では「お血脈」ですが)、閻魔大王が石川五右衛門の骨を寄せ集めて復活させるという荒唐無稽なお話で、そのくだりが上方では、骸骨の操り人形を実際に遣いながら演じられます。私も一度だけ、先代歌之助師匠の高座で観たことがありまして、骸骨の動きがコミカルでとても楽しい演目だったことを覚えておりますが、この踊る骸骨・歌う骸骨の伝説が、全国あちらこちらに残ってございます。(①)

お話は、江戸時代の中ごろ。因幡国の貧しい村に、千三、万三という二人の男がおりました。村におってもうだつが上がりませんから、一稼ぎしてこようと、二人連れだって上方へとまいりました。(①)早いもので三年の月日が流れ、―何が早いと言って講談ほど早いものはございません―、千三はいたって真面目な男ですから、コツコツ商売をして、数年は楽に暮らせるだけの蓄えを稼ぎました。一方の万三は、悪い仲間にそそのかされて博打に手を染め、三年経っても一文無しの素寒貧。二人はまた連れだって、故郷の因幡に帰ることにいたしました。暑い夏のことでございます。竹藪に差し掛かった時に、

「千三やーい、ちょっとここいらで休んでいこうかいの」
「そうじゃなあ、少し涼もうか」

千三が先に竹の根元に腰を下ろしましたその時、万三は懐から匕首を取り出し、いきなり千三の首に突き立てた。

「な…なにをしやがる」
「悪く思わねえでくれよ、お前のその金が欲しいんだ」

万三は息も絶え絶えの千三を置き去りに、そのまま一人で故郷の村へと帰ってしまいました。(①)

さて一年後、万三はふたたび、上方への道中を急いでおりました。千三から奪い取った金もすっかり使い果たし、また博打で一儲けしようという魂胆だ。ちょうどこの、竹藪の傍らを通りかかった時のこと。

「おーい、万三やーい」と、呼ぶ声がする。
「はてな?こんなところに、おれの名前を知っているやつがいるのか」

ひょいっと見ると、足元に、しゃれこうべがひとつ転がっている。

「おおい万三、久しぶりだのう」

カタカタと歯を鳴らしてしゃべりかけてくるのは、間違いなくこのしゃれこうべだ。

「おれだ、千三だよ、忘れたか」
「せ、千三…!さてはおれに仕返しする気だな!」
「待て待て、おれはそんな野蛮なことはしやしない。実はお前と金儲けとしようと思って、お前が来るのを待っていたんだ。おおかた、おれから奪った金も底を尽きて、また上方へ行くんだろう」

万三、図星ですから何にも言い返せません。

「そ、それで、どうやって儲けるというんだ」
「おれが歌を唄うから、お前はおれを見世物にして稼ぐんだ」
「何を言っていやがるんだ、だいたいお前、音痴だったじゃないか」
「死んだら上手くなったんだ」
「そんな馬鹿なことがあるか」
「いいからおれを上方へ連れて行け」

言われるがままに、万三は千三のしゃれこうべを風呂敷に包んで上方へまいります。するとこのしゃれこうべ、歌わせてみると実に良い声で因幡の民謡なんかを歌うものですから、すっかり世間の評判となりまして、髑髏を持って門付けに回っても、ご祝儀がもらえるという有り様。ついにはお奉行様の耳に入り、お屋敷に呼ばれました。

「万三とやら、さあ、早くしゃれこうべに歌わせてみよ」
「かしこまりました。…さ、千三、いつものやつをやってくれ」

ところがどうしたものか、うんともすんとも言いません。

「おい、どうしたんだ、おれの面目が立たんじゃないか、歌ってくれ」

叩いても転がしても、一向に歌う気配がない。お奉行はとうとう怒り出し、

「万三、その方は嘘偽りを申して、わしを謀ったな!」

言うなり刀を抜いてズバーッ、万三の首を打ち落としてしまいました。

すると…、今までウンともスンとも言わなかった千三のしゃれこうべが、突然、ケタケタケタ…と笑い出しました。そして、

「叶うた、叶うた、思うこと叶うた」

と言ったかと思うと、実に良い声で歌い出したのでした。(①)

千三のしゃれこうべは、自分を殺した万三に見事仇討ち、本懐を遂げました。「髑髏の仇討ち」の一席。


【参考】
・柳田国男『日本昔話名彙』
・その他、全国の「歌い骸骨」伝説

※正岡容『髑髏柳』は、同類民話を下敷きにした新作落語である。

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