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3分講談「大根の大手柄」(テーマ:春)

「春雨じゃ、濡れて参ろう」の台詞で有名な、新国劇の代表作・「月形半平太」。

これは、幕末の京都を舞台に、倒幕派の月形と新撰組との闘いを描いた物語。大正八年、澤田正次郎を主演に京都明治座で初演されますと、たちまちに好評を得て、映画会社がこぞって映画化に乗り出しました。その中で、先陣を切りましたのが、日活です。看板俳優「目玉の松ちゃん」こと尾上松之助の後釜として売り出し中の河部五郎を主演に据えまして、大正十四年に映画が封切りされますと、新聞にも連日取り上げられる大ヒットとなりました。この映画の見所は、何と言っても、半平太と新撰組の大立ち回りでございます。三条大橋にて手に汗握る大乱闘が繰り広げられるわけですが、この迫真の殺陣シーンの撮影には、こんな裏話があったとか―。(①)

大正十三年の秋、京都嵐山の渡月橋の上には、黒山のごとき群衆が詰めかけておりました。今まさに、半平太と新撰組との立ち回りシーンの撮影が始まったためです。ヤーッと斬り込むかけ声、竹刀と竹刀とがぶつかり合う音(①)、役者達の荒い息づかいにザーッと地面に倒れ込む音(②)。目の前で繰り広げられる大迫力の殺陣に、拍手喝采・大歓声。またその声を励みに、役者たちの演技にも力が入ります。


…とその時、橋の下から女の声で、
「まあっ、大根―」
という叫び声がした。それがよく通る声でしたから、チャンチャンバラバラやっております月形役の河部の耳にも届いた。
(おのれ、天下の日活の役者を捕まえて大根とは無礼千万!)
と思いましたが、立ち回りを止める訳にはいかない。
「そんな物は切ってしまえーー!」
と言いながら怒りに任せて斬り込んだ。斬られ役も思わずたじろぐほどの気迫だ。さあ、そこからさらに奮戦乱闘、火の出るような猛演をやってのけましたから、野次馬もやんややんやの大盛り上がり、監督も期待以上の迫力に大喜びでございます。(①)


こうして撮影は無事終わりましたが、河部の怒りは収まりません。
「おい、さっき大根と言った女は誰だ!連れてこい!」
と、ものすごい剣幕だ。その時、向こうからやって参りましたのが、芸妓役の桜木梅子―まだ十七歳の幼気な少女です。にこにこと笑いながら
「お疲れ様でございました」
と挨拶をしたその両手には、何やら白い物が握られています。
「おい、それは何だ?」
と河部が尋ねますと、
「さっき川上から、大根が流れてきたんです。それであたくしが思わず『大根が…』と言ったら、誰かが大声で『そんな物は切ってしまえ』とおっしゃったから、小道具さんに刀を借りて切ってしまったんですの」。
屈託のない笑顔でそう言いましたから、さすがの河部も開いた口がふさがらない。「はは…そうか」と笑うしかなかったと申します。(①)


とにもかくにも、一本の大根のおかげで、映画の見所となる名シーンが誕生いたしました。「大根の大手柄」という一席、これをもちまして、読み終わりでございます。


(参考:1926年9月27日『読売新聞』演芸欄)

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