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空間を支配する語りの力―「続いざ龍玉」感想にかえて

様々な語り芸を聴く中で、「微動だに出来ないくらい惹き付けられる」という経験をすることがある。

これまでで鮮明に覚えているのは、桂吉朝師匠の「たちぎれ線香」と、旭堂南湖先生の「大瀬半五郎」「柳田格之進」。最近では京山幸太さんの「文治殺し」。

どれも緊迫感のある話だったというのもあるが、ぴりっと張り詰めた空気が空間を支配して、唾を飲むのも瞬きをするのも憚られるくらいだった。自分の不用意な動きが、今この場に顕ち上がっている芳醇な物語の世界を壊してしまうように感じられて、ただただ身体を無にして高座に一点集中する。だから見終わった後はぐったりするのだけれど、そういう口演に出会えた時は、心地よい放心とともに、プライスレスな充足感を得ることができた。そしてその体験は、いつまでも心に残るものになる。

先日聴いた蜃気楼龍玉師匠の「やんま久次」は、まさにそんな語りのひとつであった。

3月27日(月)「続いざ龍玉」(於あべのハルカスSPACE9)。

吉田食堂さん主催の、龍玉師匠の独演会。
昨年9月に続いて、2回目の大阪公演であるという。意外にも、大阪で龍玉師匠の会が開かれたのは、その昨年9月の会が初めてだそうで、大変貴重な会の2回目に参加出来たわけである。

以前、たまたまYouTubeで聴いて釘付けになった、龍玉師の噺。
「語りで聴く「女殺油地獄」」参照

他にも、「豊志賀の死」「牡丹灯籠」「四谷怪談・お岩誕生」「死神」など、ネット上で視聴できるあらゆる動画・音源をチェックした。怪談が多かったが、なまじの映画や舞台よりもリアリティのある語り口と人物造型に、どの噺もぐいぐい引き込まれてしまう。決して派手派手しいところがないにも関わらず、端正な語りと美しい所作と目力で、すっかりその噺の世界に魅了されてしまった。凄い方だなあ…いつか生で聴きたいなあ…と思い続けていた矢先の、今回の大阪公演である。年度末の繁忙期ではあったが、聴かなければ後悔すると思い、出掛けた。

番組表は、次の通り。

・親子酒 龍玉
・大仏餅 龍玉
(中入)
・やんま九次 龍玉

一席目から親子酒というのも驚いたが、総じて、笑いの要素が少ない珍しい噺が掛かった。ご本人は、「大阪のお客さんは笑いに厳しいというイメージがあるから、大阪での口演はやはり緊張します」と謙遜気味におっしゃっていたが、私はむしろ、笑い要素ゼロの人情噺や怪談噺をじっくり聴きたかったので、今回のラインナップはとても嬉しいものだった。特に「やんま久次」は、今は雲助師匠と龍玉師匠しか演じ手がいない貴重な噺だという。あらすじはこちらから。

ざっくりいうと、根っからの悪人が、改心する…と見せかけてしない、という話(ざっくりすぎる笑)。悪人が悪人ならではの論理を蕩々と捲し立てるシーンがクライマックスだが、なぜか清々しく説得力をもって胸に響いて来る。龍玉師の描く登場人物は、どうしてこうもリアルなのだろう。決して成りきって熱演するわけでもない。どちらかというと淡々と、あくまで「語り手」として登場人物を客観的に描いている風であるのに、くっきりとその心情が浮かび上がってくる。きつい仕置きを受けて改心したとみせかけた久次が、実は悪党のままだったというラストシーン。顔を上げたときの表情だけで「あ、改心していなかったんだ…」と気付かされたときの衝撃は、筆舌に尽くしがたい。

好きな演者さんが、また1人増えた。
今回龍玉師が掛けた後半の2席(「大仏餅」と「やんま久次」)は、いわゆる笑いの多い明るい落語が好きな方には、あまり受け入れられないタイプの噺なのかもしれないけれど、私は何ならこういう噺ばかり聴きたい。笑

また大阪に来て下さるのを、楽しみに待つ。


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