私と希死念慮
こんにちは、ぎっくり腰で3日ほど外に出れていないのですが秋の空気になりましたね!
金木犀や紅葉がすきなので嬉しい季節です🍁
さて、今回は私の希死念慮の話。
希死念慮は死にたい消えたいという気持ちの事を言います、うつ病の症状でもありますね。
周りの人に聞いたところ、あまり多くの人は落ち込んでも死にたい、消えたいとまで思う事は少ないらしいのです。
本当にびっくりしました、なぜなら私は小学生低学年の時から思っていたからなんです。
辛いと思ったら自動的に死にたい、消えたいと思ってたんです。
それが確実にはじめてかは分かりませんが、1つ
記憶がありまして。
小学生低学年の時にとても仲の良い同じマンションのお友達がいました。
同じマンションなので、よく遊んで学校でも遊んでました。
ある日喧嘩をしたんです、多分、なんの内容かは覚えてません。
ある日その子が腕を見せて言ったんです、
「リストカットしたの、あんたのせいだよ。」と言いながら。
なんて言ったのか、本当にそう言ってたのか記憶が正しいかは昔過ぎてわかりまさん。
でもびっくりしすぎてリストカットという言葉も知らず、ただ自分のせいで大事な友達が自ら傷をつけたんだと、、
帰って私もカッターでリストカット紛いなことをしました、でも怖くて、紙で指を切るみたいな感じしか出来なかったのを覚えています。
泣きました、ただ泣きました、喧嘩の理由はなんだっのか、本当に彼女が本当にそういってたのかはわかりません、ただ学校の廊下で階段を眺めながら話してた彼女が傷をみせて何かを言ったのが今も頭から離れません。
そこから希死念慮ははじまったとおもいます。
まぁただ、彼女のそのきっかけがなくても私の性格や家庭環境ではいつかそうなってたんだと思いますし、その彼女の事は今でも好きなので。
私は習い事をやってたのですが本当に辞めたくてお母さんに泣きついたことがあります、その時まったく聞いて貰えなかったり、泣くまで怒られて放り出されたり、ずっと勉強を見張られてたり、、
様々な理由が重なったんですね。
でもこの希死念慮は私は生きる為の逃げ道なんです。
簡単に言えば、仕事に行きたくなーいとといながら行くみたいな。時々本当に行きたくなくて行けなくなるみたいな話なんです。
昔から生きるのが下手で、それでもなんとか生きるために存在するのが希死念慮。
希死念慮がわきすぎるときは疲れてる時、
泣きわめいてどんとん体調も悪くなって寝込む、今のぎっくり腰のように(笑)
そうやって、とても不器用だけど希死念慮が
私が壊れるのを守ってくれてる気がします。
めんどくさい感情だけど、大切な相棒です。
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