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Daydreamer. #1

『Yeah,Yeah,Yeah!いやー暑いね!もうすぐ7月!今日も始まりました。皆さんいかがお過ごしでしょうか…』

…本当に暑い。まだ梅雨だというのに蜃気楼が見えるようだ。
 茹だる部屋の真ん中でエアコンのリモコンに手を伸ばしながら、もう片手で両耳にイヤホンを詰め込む。つまんだ指先から聞こえるぼやけたDJの声が両耳から脳の奥まで届き始める。
 このままごろんと大の字になりたいが、相部屋なのでそうもいかない。汗が乾き始めてようやく、ベッドに移って寝転がれた。

やれやれ、やっと激務から解放された。やっと好きな事が出来るか。友人も向こうで、頑張ってるかな。俺は我ながらすごい事をやり遂げてきたんだぞ。フォトスタンドを一瞥する。…会いたい。
 再び横になると、疲労と声に誘われて、訪れた微睡みに身を任せ、目を閉じた。

******

『…皆さんいかがお過ごしでしょうか、放送は全国**局ネットの『Star Light』!』

『今日も音楽を電波にのせてあなたの街にお届けします…』


…いけない。ほんの一瞬、うたた寝ていた。私はデスクトップのPCに向かってウンウンと唸っていた。
 友達は私の書籍も気楽に綴る短歌も、それを考えている姿も格好いいと言ってくれるのだけれど。作家は作品を生まなければ意味がない。
 そんな事を思っていると、執筆用に流していたラジオから流れる歌が不意に耳に飛び込んだ。
 あ、これ友達が歌うから知ってる。励まされてるみたいだ。よし、担当が来る前に仕上げてしまおう。私はメロディに身を任せながら、姿勢を正した。


『…さて、今日はグッドニュースとバッドニュースがある!』

『…まずはバッドニュースだ…』

『……“夢心地”な時間を届けて来た『Star Light』!実は今回が“最終回”となります…』

太陽の陽と地球の影を纏って
月はその姿を夜に映す
誰も一人きりでは生きてゆけない

高橋優『太陽と花』

報せと共に淡々とBGMは流れ行く。

…え?最終回?聞いてないけど。
半分眠りかけていたが、俺は驚きの余りガバっと起き上がって、イヤホンの声に耳を澄ます。
…え?これ最終回なの?再びキーボードを打ち始めた私は手を止めて、スピーカーの声に耳を澄ます。

****

「…最終回?!先週そんな事言ってたっけ、誰か録ってある?」
「いや突然じゃない?俺はとってないよ」「だよね、突然過ぎる」

…まずい、心臓が動悸を打ち始めてる。私はズキッとした気がして、胸に手をあてていた。終わっちゃうの。キャンプ好きの友人二人に誘われたから、じゃあ皆で好きなラジオを一緒に聴こうって、楽しみにしてた日なのに。
 カレーを口にしようとしてた友人も私も、スプーンを置いて首を傾げたまま動けてない。普段クールな友人も何故かサングラスを外したまま、目をパチパチさせている。気持ちが沈んだのは、私だけじゃないらしい。

 私達は、このラジオを通じて仲良くなった。「歌うソムリエ」としてラジオを牽引するパーソナリティー“Kawakami”もユニークで好きだけど、私は歌うことが大好きだ。このラジオで知る音楽が自分にハマり過ぎて、どんなことより楽しかった。悲しい。
 淡々とした“Kawakami”の声がキャンプ場に響き渡る。湖面の湿っぽい風がざわりと波を総毛立てる。匂い立つ草木の香りに、私は一瞬気を取られた。
 最後まで聞き逃したくない一心で、ラジオのボリュームをちょっと、上げる。


『…そこで顔を曇らせているリスナーの皆にグッドニュースだ!』

“Kawakami”の声も熱を帯び始めてる。みんな身を乗り出してラジオに集中した。……。


…ラストに相応しいゲストを招待してある!暴れる準備は出来てるか?!』

『みんな、魂の『Star Light』を最後まで聞き逃すな!!…』


語気の高まった“Kawakami”は、マイクに向かって一気に言い終えると、薬指を滑らせボリュームを上げる。

***

…うお。起き上がったまま、これで最後なんだって事を受け止めきれないままで、俺の心だけは既に喪失感を覚えているのに。
 流れて来たのは、名前だけなら曲は知らなくとも誰だって知っているだろう、大物Vシンガーの曲で衝撃を受けた。“RuLi(ルリ)”。しかもこれどうやらスタジオで生で歌ってるのか…?!よく呼べたな、凄すぎる。

 俺は職業柄、ネットには詳しくあらねばならない。国の情報を司っているからな。当然知ってる。
 海月がモチーフのふわふわとしたドレス。猫耳。髪は紫のネオンカラー。既に米国のレーベルと契約している。その名を世界に轟かせ始めた、まさに大物だ。

 ピアノの腕は言うまでもない。一切顔出しをしないミステリアスさが人気のVシンガーでありながら、クラシック界をも唸らせたピアニスト。
 確かに最終回に相応しいが、こんな凄い人物をどこからどう呼んだのか呼べたのか、サッパリわからない。曲は俺を待たない。

 ラジオは今夜で終わってしまうのというのに、やたらと楽しい。RuLiの演奏する姿が色鮮やかに脳裏に浮かんで来る。

過去の争いの中で何故私の言葉が飛び去ってしまったのか
私のノートに戻ってくるように神に頼んでみる

[Alexandros]『Travel』

人は泣きたいもの
人はため息をつきたいもの
でもそれが成せない時
君は俺のところに来て歌えばいい

同上

 RuLiの呼び出す鍵盤から音符がポンポンと跳ね踊るようだ。透き通るような歌声が、ピアノの音色と絡まるようなイロトリドリの螺旋を描いて、心地の良い空間へと昇りつめていく。余韻は頭上から降りしきる、まるで七色の星。
 そこには終わりなど一切感じられない。枯れることのない、彼女の「私」という芯の強さが人を虜にし続けているのだろう。

…本当に終わってしまうのだろうか。それでも俺の心はいつの間にか踊っていた。

星降る夜、確実に、“Kawakami”の贈る「最後の」ライブがあらゆる街に、届いていた。

或る自衛隊員に、或る作家に、或る熱心なリスナーひとりひとりに。

“Kawakami”が紡いできたものは、そんな夢追い人達の背中に追い風を届ける希望だったのかもしれない。しかしそれも今夜で、もう間もなく、おしまいなのだ。
……。

『…ありがとう。“Kawakami”さん、お招きいただきありがとうございます。…』

『…『Star Light』を愛してくださった皆さんへ…』
『…この絆が永遠に輝くよう。あたしの願いが追い風となりますように。…』
『…最後の曲です。聴いてください。』


『 The day is best ever !( 今日が最良の日だ ) 


…俺にはこの瞬間、気高く、威風堂々、金色のライオンの咆哮が轟いた気がした。

(Next #2 Let's GO!See You Again!)


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