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第二十一回タンメン会 富津 ニコニコドライブイン

第二十一回タンメン会
「おめーに食わせるタンメンは、タンメン3コ、タンメン3コッ!、タンメン3コーッ!!」
の巻

不機嫌丸出しの大川さん。

マコト運転のクルマが待つ、池袋の芸術劇場横に集合の久々のタンメン会は、いつになく険悪な空気漂う幕開けとなった。
10分遅れでやってきた大川さんが、ひどい仏頂面なのだ。しかも、「スポーツドリンク買ってくる」とすぐにコンビニに消えてしまった。
顔を見合わせる、マコトとぼく。
「機嫌悪すぎ」
「なんか、予感してたんだよ」
昨日の深夜に大川さんから来たメールが、
「やっと店から出た。疲れたー」
と、いかにも明日、行きたくないなーな感じを匂わせていたのだ。
戻ってきて後部座席に乗り込んだ大川さんは、水分補給しながら、早速文句。
「なんで、こんな日にタンメン会やんの?」
おいおい、それはないだろ。
「大川さんの都合に合わせて、今日にしたんだよ。しかも一度、これまた大川さんの都合で延期にしてるんだからね」
「言われると思った」
「言うよ」

呆れ返るマコトとぼく。


ぷー、とふくれる大川さんは小学生や幼稚園児ではなく、古希のひとである。
「まあまあ、出発するからシートベルト締めて」
珍しくマコトが取りなすが、古希の幼稚園児は素直には従わない。
「やだよ、シートベルトすると、暑いもん」
「聞いたことないわい」
「だいたいどこにあんの、シートベルト」
ぼくが教えて、やっと渋々つける。
あー、面倒臭いが、とにかくゴー。
今回は東京を離れ、千葉県は富津市を目指す。我々3人の年齢を考えて、キツイ陽射しと湿気のなかをテクテクしなくていいし、少しは夏休み気分も味わえる場所にある店を選んだのだ。
「昨日、インド人のカップルが店に来たの」
「日本語、話せるひと?」
「話せない。でさ、バイトの子が黙り込んじゃってさ。ついでにひとりいた客も使えなくて、あたしひとりで相手したの」
「バイトはともかく、客は話さなくても、勝手では?」
「そうだけど! 疲れるの。京都と大阪行って東京来て、全部で20日間の旅行とかいうから、新婚って思ったんだけど、新婚旅行って英語でなんて言うか出てこなくてさ。バイトの子も客も、わかんないんだよ」
「ハネムーンだろ」
「それ! それだよ。出てこなかったあー」
いくら暑さで頭がまわらなくても、これぐらいは言えてほしい。
「そのあと、忙しくてさー」
「よかったじゃないか」
「よくないよ。疲れるばっかりで。店のエアコン、客が多いと効かないんだもん」
「でかいの買えって」
「やだよ。もう新宿の街は夜になってもコンクリートの吸った熱で暑いしさ。駅に入っても、エアコン効いてないんだから。あー、今日こんなんで、タンメン食べられるかな」
「食べるんだよ、タンメン会なんだから」
「やっぱ、ドタキャンすればよかったかも」
腹立つ古希だ。
「マコト、この婆さん、千葉の山に捨てていこうか」
「そうだな。トンビの餌にでもなってもらうか」
クルマは進み、首都高からアクアラインへ。
「もう、千葉?」
「もうすぐね」
「どうせ千葉行くなら、あたし、あそこに行きたい。ほら、ナントカの家」
「家? 海の家?」
「似てるけど、違う」
つきあいが長いので、ぼくはピンときてしまった。
「道の駅、だろ」
「それだ。わかるでしょ、おみやげ買うの」
「普通はわかんないよ。「の」しか合ってないんだから!」
「へへへへー」
得意のごまかし笑いが出た。ということは、大川さんの機嫌が快方に向かった証拠だ。そういえば、途中から声もでかくなったし、会話のテンポも速くなっていた。
「元気になってきたじゃん」
「スポーツドリンクが効いてきたかな」
「違うよ。ぼくとマコトが愚痴に付き合ってやったからだよ。大川さんは、愚痴が言いたいのに言えなくて、ストレス溜めて不機嫌だったんだよー」
「へへへへー」
大川さんのご機嫌が直ったかと思ったら、刺激されたのか、今度はマコトがハンドル握りつつ愚痴をこぼし出した。
「夜の新宿も暑いだろうけど、俺なんか奥さんの墓参りに付き合わされて、炎天下に1時間もいたんだぞ。ほかには誰もいなかったよ。なんで酷暑の日に、墓行く必要あるんだって」
「まあまあ、塩飴でも舐めて」
大川さんがコンビニで買った塩飴を配る。
ただクルマに乗っているだけなのに、塩がからだに染みる。
「日本の夏って、この先ずっとこんな感じなのかな」
「タイより暑いよ。東南アジアだ」
「そのうち、水と塩飴を政府が配給するようになるかもな」
千葉に入ったところで料金所を抜けると、脇にいた警官にクルマを停められた。
もしや、とぼくは思った。
「うしろのウィンドーを開けてくれますか」
指示に従うマコト。なかを覗き込む警官。
「ああ、うしろの方もシートベルト、してらっしゃったんですね。肩のほうを掛けてなかったんで、締めてないと勘違いしました。ただ怪我とかされてたらあれなんですが、肩掛けも大事ですので」
やはり。
「すみません、肩の骨を折ってまして」
「そうですか、失礼しました」
セーフ。
クルマは発進。は、いいけど、おい、大川さん。肩の骨なんか、折ってないだろ。それも置いといて、
「ちゃんとシートベルトしろって、言ったよな。危うく罰金取られるとこだったぞ」
「免許もゴールドじゃなくなる」
「そうだよ。まったく」
呆れ半分、怒り半分のマコトに、一応殊勝に謝る大川さん。
「ごめんなさーい。まさか、本当に取り締まられるなんて思ってなかった。ぐすん」
歳を取ると、自分の感覚が正しいと思い込んでしまい、ヘマをしでかす。しかも反省しても、すぐ忘れる。
しばらくクルマを走らせたら、大川さんは言い腐った。
「もう、シートベルト外していいよね」
「ダメだ!」
マコトとぼくは声を揃えた。

なんとか無事到着。
基本は仲良し。


で、ようやく目的地に到着。
その名も「ニコニコドライブイン」。
名前だけでも美味しすぎるのに、外観がこれまた美味しいことこの上なし。東京の町中華では味わえない、ワイドでワイルドな佇まい。
「いいねー」
「来た甲斐あったよ」
険悪な空気が戻りかけていたが、クルマを降りた途端に全員笑顔。さすがニコニコ。
なかに足を踏み込んでも、外観を裏切ることのない昭和も中期、カラーテレビがようやく普及した頃のゆったりとしたテーブル配置だ。
「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」
時刻は1時半前。席の半分ほどは地元のひとと思しき年配者と、近くで働いていると思ぼしき中年男性で占められている。

カンパーイ。
一部値上げの直後だが、お安い。


テーブルのひとつにいったん座ったが、水が運ばれてきてから、大川さんは、
「ここ、寒い。エアコンの風が当たる」
勝手に移動する。ふだん、ろくにエアコンの効かない店で働いてるからなー。
「すみませんね」
とお店のひとに頭を下げるのは、マコトの役目になっている。
メニューに目をやると、さすがドライブイン。さすが千葉県の海沿い。お魚メニューが豊富に揃っている。黒板には、刺身なんかも。いいじゃないですか。
そのかわりいつものお約束、ギョーザはメニューになし。
「ビールとノンアルコールと、アジフライって何個ですか?」
「3個にもできますよ」
「じゃ、それで。あと刺身。んーと、アジ、シマアジ、コチで」
なんか、子供の頃、家族で千葉の海に来たことを思い出す。あ、嘘の記憶だ。いつもうちは伊豆だった。歳を取ると、過去も半分は創作になりかける。
とにかく、
カンパーイ!
マコト、ノンアルですまんのー。
「はい、刺身」「はい、フライ」「はい、刺身」「はい、刺身」
「はやっ」
「でも、うまっ」

シマアジの刺身。
アジフライ。
コチの刺身。
アジの刺身。


さすが海が近い。食欲なかったはずの大川さんも、ぱくぱく、ぱくり。マコトは胃袋のに火がついた。
「エビフライも3個で」
これまた結構。

エビフライ。


料理もいいが、店内の雰囲気がいい。ときおり注文を通す声が響き、客たちの会話が溢れ、ゆったりとした開放的な静けさに包まれているのに、活気もある。
ここにいると、世界が温暖化による気候変動で大変なことになろうとしていることなんか、忘れてしまう。
さて、ニコニコドライブインがあるのは、竹岡式ラーメンなるご当地ラーメンがある土地だ。ということまでは、ぼくも知っている。だがそれがいかなるラーメンかは知らないし、興味もない。なぜなら、我々はタンメン会だからだ。
マコトの声が響く。
「タンメンみっつ」
配膳のおねえさんの声が響く。
「はい、タンメン3コ」
「‥‥」
「タンメン3コッ!」
「‥‥」
「タンメン3コーッ!!」
「はい」
ようやく、注文が厨房まで届いたようだ。それもまた微笑ましい。あとで大川さんが聞き込みをしたところ、ここは仲良しの女性だけでやっていて、最高齢のひとは84歳だとか。

タンメン。


タンメン登場。
はじめ塩味が立っているが、ピーマンなどの野菜の地味があとを追ってくる、タンメンらしいタンメンだ。豚コマもアクセントによろしい。海鮮になった口を洗ってくれる、口直し的な一杯でありました。
大満足でクルマに戻り、千葉で山といえばの鋸山を目指す。
もちろん、標高329メートルとはいえ、歩いて登ろうなんて不遜な気持ちはさらさらない我々は、ロープウェイ乗り場へ向かう。
がーん。
「強風のため運転中止」

がっくし。
乗りたかった。


少しだけ顎を上げて見上げれば、山の上には雲だか霧だかがたなびいている。
「残念ね。クルマで上がってください」
と係のおねえさんに教えてもらい、落ち込みかけていた気持ちを立て直す。
クルマでブロローン。
山頂駐車場へ。

いろいろお金がかかります。


千葉で山といえば鋸山だが、鋸山といえば地獄のぞきである。
切り立った崖の先端から、谷底を覗き込んでスリルを味わうのだ。
山を境内にしている日本寺に入館料を納め、いざ、行かん。
「やだなー、あたし、高所恐怖症なんだよ」
びびる大川さんなど、お構いなし。
石段を登り始めると、ちょうど下りてきた中年夫婦と出会う。
「地獄のぞきって、怖いですか?」
「いや、それよりこの石段、まだ序の口だよ」
予想外の言葉は、すぐにぼくのなまった足にガクガクと響いてきたのだった。

地獄の石段。


石段が長くて、きつい。地獄のぞきの前に、地獄の石段が待っていようとは。人生とは、思いがけぬ艱難辛苦の連続である。
「まあまあ、きついな」
とか言いながら、ときおり長距離ウォーキングに参加しているマコトは、平然と登っていく。へばるぼくなど、お構いなし。

一番見映えがする地獄のぞき。
背後は地獄1
背後は地獄2
背後は地獄3


命からがらたどり着いた地獄のぞきは3箇所ほどあった。全部覗き込んでみたが、足はまったくガクガクしなかった。でもいくら誘っても、大川さんは近づこうとはしなかった。幾多の修羅場をくぐり抜けてきたお婆さんにも、怖いものはあるのだな。
風はそれほどでもなかったが、雲だか霧だかのせいで、眼下の眺めはいまひとつで、気温は下界より低いはずなのに、湿気でからだがべたついた。
まあ、地獄は見た。と書くと、壮絶な感じになるのー。ふふ。
最後に大川さんご所望のなんとかの家、ではなくて道の駅へ。

保田小学校と元小学生。
奥さんへのメロン。
ビワ色。


校舎を再利用した、道の駅保田小学校でお買い物タイムとおやつタイムとトイレタイム。時間的に野菜があまり残っていなかったので、大川さんは花だけ買っておしまい。ぼくは千葉産のお茶のペットボトル一本でおしまい。夫婦仲を重んじるマコトは、メロンとピーナツバターと明日の朝食のパンをどっさり買い込んだのだった。
そのあとビワのソフトクリームを舐めたら、千葉に来たんだなあとしみじみ思った。千葉がビワの名産地だなんて知らなかったくせに。
帰り道、夕景の海越しに望んだ富士山のシルエットがきれいだった。
暑さに負けかけたが負けなかったタンメン会、夏でも食べつづけるぞー。おー!

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