クィディッチとゲームデザイン

砂ベントカレンダー24日目。

クィディッチには時間制限がないらしい。てっきり時間制限があり、シーカーがスニッチを捕まえて試合終了するケースは五、六試合に一回ぐらいの頻度なのだろうと考えていたので、スニッチを捕まえるまで試合が終わらないと聞いたときは、耳を疑って奥さんを質問責めにしてしまった。ハリーポッターファンである奥さんはルールの細かい部分をあれこれ聞かれた後、破綻するポイントをあげつらわれて不機嫌になった。

ルール

クィディッチの大まかなルールは以下の通りである。

クアッフルと呼ばれるボールをゴールに投げ入れると10点。スニッチと呼ばれる逃げるボールを捕まえると150点+試合終了。スニッチを捕まえるまでは試合は終わらない。スニッチを捕まえられるのはシーカーだけである。

クィディッチのルールの問題点

優れた(勝敗のある)ゲームの多くはいくつかのグラウンドルールを守っている。プレイヤーが常に勝敗に介入できること、ゲームの大勢が決まる終盤においても逆転できる勝ち筋があること、負けがほぼ確定した場合に速やかにゲームを終えられること、などである。クィディッチではこれらのグラウンドルールが守られていないが故に、ゲームデザイン上の大きな穴がある。

結論から言えば、クアッフル1ゴールに対して実に15ゴール分という、スニッチを捕まえた時の加点が大きすぎることと、スニッチを捕まえる以外に試合を終わらせる方法がないこと、そしてこの二つの機能がスニッチを捕まえるという一つのアクションに結びついていることがクィディッチを破綻させている。チームの戦力が拮抗している場合、優勢・劣勢の場合、そしてワンサイドゲームになっている場合の各ロールのモチベーションを洗ってみる。

シーカー(1人)

クィディッチの主人公。なんならシーカーだけでルールを再構成しても良い。

クィディッチの全てのロールはシーカーの引き立て役である。ほとんどの局面においてシーカーがスニッチを捕まえたら勝ち。負けがほぼ確定している場合でも、スニッチを捕まえれば試合が終わるので喜ばれる。15ゴール差がつくかつかないかで争っている時だけ少しだけプレイに幅が生まれる。

チェイサー(3人)

クアッフルと箒を使ってサッカー的なことをするポジション。スニッチを取ったら勝てるという状況を維持するというのがゲーム上の仕事になる。1番不遇。

スニッチを取れば勝てる状況というのはつまり、相手に15ゴール差をつけられていなければ良いということである。クィディッチの試合は大体ハンドボールの試合ぐらいのゴール数に落ち着くことが多いらしいが、チェイサーの1ゴールはハンドボールの1ゴールよりも遥かに勝敗への介入度は低い。

15ゴール差となるとかなりのワンサイドゲームだ。試合開始時点では15ゴール差という分水嶺は遠すぎるし、15ゴール差がつくほど実力に差がある場合、そこから盛り返すのは至難の業だろう。チームの戦力が拮抗している場合は15ゴール差はまずつかないので勝敗に影響を与えない。15ゴール差がつくほど実力に差がある場合は、逆転の目がほぼ無い。

チェイサーが試合展開に介入できるのは、15ゴール差つくかどうかでやりあっている時だけである。しかし戦力が拮抗していない以上、その状態も長くは続かない。逆転の目が失われた状態で、チェイサーがスニッチを捕まえるのを待つだけの時間は苦痛であろう。

また、シーカーに自信のあるチームの場合、チェイサーたちは引いてガチガチに守るのが有効な戦術となるため、試合を硬直させる一因となる。引いているチームを相手取ってゴールを決めるのは難しい。15ゴール差となるとさらに難しい。シーカーメインのチーム同士で戦った場合、チェイサーが働く理由は非常に少なくなる。

キーパー(1人)

ゴールキーパー。箒に乗っている以外は普通のキーパーと大体同じ。試合への介入度合いはチェイサーとほぼ同じ。ホグワーツにはキーパーはデブがやるという風習はないらしい。

ビーター(2人)

暴れまわるブラッジャーというボールをクラブで叩いてプレイヤーにダイレクトアタックしたり、それを防ぐくにおくん的世界観のロール。

ブラッジャーは試合展開に関係なく無差別で暴れまわるため、拮抗していようがワンサイドゲームであろうが、自チームプレイヤーの怪我を防ぐためにもずっと働く理由がある。

相手チェイサーのエースを倒したりシーカーを倒すことでワンサイドゲームをひっくり返せる可能性を持っているため、勝敗への介入度はまあまあ高い。まあまあ高いが、そんなことをしていたら相手チームのサポーターにメチャクチャ嫌われてしまうので、また別の懸念点が生じる。

危険を伴う実際のスポーツではなくデジタルゲームだったら人気のロールになるのではないか。

観客

観客にとっての一番の問題は「どこ見たらいいかわからん問題」だろう。クィディッチの試合中はクアッフルとブラッジャー2つとスニッチの計4つのボール的なものが飛び交っている。シーカーを追っているとチェイサーがゴールを決める瞬間を見逃すし、クアッフルを追っているとシーカーが試合を決める瞬間を見逃す。そしてブラッジャーが視界の外で誰かをぶっ飛ばしている。

勝敗を決めるのはほぼシーカーなので、観客が追うのは主にシーカーであるはずだが、シーカーのプレイは基本的にスニッチとの追いかけっこであり、しかも数分で終わることはまれである。数十分も追いかけっこを見続けるのは苦痛なので、シーカーを追うのに飽きてきたら暇つぶしにチェイサーたちのプレイを見ることになるかもしれない。チェイサーたちの応酬は基本的には勝敗に影響しないため、観客は闘技場の剣闘士の戦いを見るように彼らのプレイを消費するのではないか。

どう変えれば良いのか

ともかく導入すべきは試合時間を制限する仕組みである。あるいはスニッチを捕まえる以外の試合終了条件である。何をするにも、15ゴールという大量得点と試合終了の機能を分離したほうが良い。この機能が結合している限り、例えば加点を3ゴールとしても、勝ち負け確定の状態に到達するのが早くなるだけである。パッと思いつく例をいくつか挙げる。他にもたくさんパターンがあると思う。

時間制限+スニッチ得点の見直しパターン

時間制限をつけた上で、スニッチ獲得の得点を3ゴールあたりに下方修正し、試合終了まで何度でもスニッチを捕まえて良い、というルールを導入すれば、盛り上がりのムラをだいぶ軽減できる。

試合終了条件の見直しパターン

時間制限をつけない別のパターンとしては、スニッチ獲得の得点を7ゴール程度に下方修正し試合終了ルールは据え置き。新たに「ゴール差が7ゴールついた時点で試合終了」というルールを導入する。

劣勢のチームにとってはゴール差終了が実質的な時間制限となり、時間制限の中でスニッチ獲得による逆転勝利を目指す圧となる。

スポーツとしてこれらの穴は問題か?

クィディッチのルールは、他の多くの伝統的なスポーツと同様に自然発生的に成立して発展してきたものである。これまで挙げたクィディッチのルールの穴のようなものは、現実のスポーツにおいて必ずしも埋められるべきものではないと考えている。100m走は足の速い選手が勝つし、番狂わせの少ない競技はたくさんある。

クィディッチの成立が記された副読本であるクィディッチ今昔によれば、初期のクィディッチにはスニッチやシーカーは存在してなかった。スニッチやシーカーという要素は、一般的な球技のようにクアッフルで得点のやりとりだけをしていたところに、いくつかの偶然が重なって導入されたものである。クィディッチという競技が未だ洗練の過程にあると捉えれば、スニッチ周辺の無茶なルールにも少しは納得できるかもしれない。

現実世界のクィディッチ

実はクィディッチは、マイナースポーツとして実際にプレーされている。スニッチ獲得の得点が3ゴールに変更されているが、それよりも、試合中両チームからひたすら逃げ続けるという拷問のようなお仕事を、スニッチ役の人間が担っているのが面白い。

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