すべてが終わろうとする時、すでになにかが始まっている。【ハチ飼育員の手記 6月】
仕事にかまけていて、
すっかりハチのことを放置してしまった。
時間がなかったから。疲れていたから。運がないから。
どれも言いわけだ。
仕事とハチ、どっちが大事なの?
という問いには答えられない。
私はただ仕事をしていた。それだけだ。
それでも、私ほどの人間になると
ハチ関連のニュースは
自然と目に、耳に飛び込んでくる。
ハチミツの偽物を見破れるようになったという。
私の場合、
この高度テクノロジー社会において、
偽物ハチミツを見破る方法が
“まだなかった”ことにむしろ驚いた。
正真正銘国産純粋天然蜂蜜専門
をめざす我々としては、
いずれ習得したい技術である。
こんどはこんなニュースが。
私が1匹2匹のハチの来訪に、
一喜一憂している一方で、2千万匹のハチ。
なんてことだ。
2千万匹が一斉に羽を震わせたら、
どんな轟音になるだろう。
2千万匹が一斉に飛び立ったら、
空はどれくらい暗くなるんだろう。
けが人も出ているし、
これは大変な事件だと慮りつつ、
いろんな好奇心が先に立った。
そして警官も消防隊員も太刀打ちできない事態の中へ、
地元の養蜂場の人がすっとやってきて、
涼しい顔して事態を収集している姿を想像して、
ちょっと興奮もする。
そんなこんな
ニュースをちら見しているうちに、
ハチをつかまえるチャンスである
「分蜂」シーズンはピークを過ぎようとしていた。
飼育員の不甲斐なさを
見るに見かねたのだろう。
周辺の「識者」の方々から
ハチ寄せに関する、さまざまな情報が寄せられた。
たとえば、
『もしもキリンと恋に落ちたら』の著者、
動物研究家のメセグリンさんより。
…
…
…?
ココアの空き缶を、
50ヘルツで振動する、
電動バイブレーターに入れる。
この字面だけ読むと、まるで現代詩みたいである。
しかしなんだか、すごそうだ。試してみたい。
それから、
紫外線を発光する塗料
とある。
紫外線を「カット」するものなら知っているが、
まさか紫外線を「発光」する塗料があるとは知らなかった。
年中、日焼けしたい人は、
その塗料を部屋中の壁に塗りたくれば、
日焼けサロンが必要なくなるのでは?
と余計なことを考えつつ、
これもなんだかすごそうな方法だ。
さらに、ある有名な養蜂場の方からは
「砂糖と酢を混ぜた液体をいれたペットボトルを置くとニオイで集まるかも」
という貴重なアドバイスもいただいた。
それはたしかにハチが寄ってきそう。
ぜひためしてみたい。
…でも…
50ヘルツで振動する電動バイブレーター
はどこで買えるんだろうか?
砂糖と酢を混ぜた液体をいれたペットボトル
を設置しつつ、あの虫(仮にGとする)を寄せ付けない方法はあるんだろうか?
(もしもあの虫が屋上に集合したら、本気で辞職するというスタッフが何人かいるのだ)
うだうだ考えているうちに、
もう6月がやってきてしまった。
6月はいけない。6月はタイムリミットです。
サンクチュアリ出版の屋上は、一体どうなっているだろう。
ペチュニアがきれい。
デザイナーの内山さんが、見事な花を咲かせてくれた。
一鉢100円ちょっとのこの花が、
まさか、こんなに我々の目を楽しませてくれるとは、
思いもよらかなった。
隣の巣箱はどうだろう。
飼育員ほどのレベルになってくると、
ハチたちの気持ちがよくわかる。
スタッフの話によると、
近所の根津神社に、
ハチの巣ができているという。
そこは
木の屋根の狭いすきま。
巣箱と似たようなシチュエーションだが、
根津神社は
緑が多く、
日陰でひんやりとして、
少し湿気がある。
先月はツツジの花が咲き乱れていた。
そういう場所をハチは好む。おそらく。
それに引き換え、
サンクチュアリ出版の屋上は
常時炎天下である。
こんな場所に、ハチがきてくれるとは到底思えない。
というわけで、巣箱は
設置した2ヶ月前と、
まったく同じ状態でした。
今年はタイムリミットです。
おしまい。
…
…
…おしまい?
連載はどうなるのか?
完全に答えを見失った。
そのとき、一本の電話が鳴った。
つづく(希望)
飼育員 橋本圭右
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