競馬好きなこと、幸福度とお金について考えてみた。
僕は元々、ゲームやアニメで競馬が好きでした。
そして本物の競馬は2019年の有馬記念から競馬を始めました、その時リスグラシューという馬に当時見ていた配信者の影響か複勝25000円賭けて大勝しました。
そして本物の競馬も大好きになりました、そんで毎年20万円くらい負けていました。娯楽費と思い割り切ってて正直そんなに痛手はなかったそう・・・金銭面では・・・
僕はいつも競馬の日はワクワクしていましたが夕方には外れて落胆する生活を送ってました。好きだった馬が頑張って走っても馬券が外れたら落胆・・・見向きもしない、そして謎の「嫌悪感」・・・
で、気づいたのです「ギャンブルで勝つ」ということと「競馬が好き」ってことは同列に扱うと結果的に幸福度が下がってる気がすると・・・
競馬はギャンブルでお金をかけてお金が入ります。
勝つこともありました、そのお金もまぁ競馬に使ってしまうことが大体です。
なんで勝ってもお金がなくなるんだろ?まぁ当然競馬に使ってるからなんですが・・・
ここで僕はギャンブルの本質に気づいたんです、「競馬で勝つ」ことはできるが、そのあとのその資金繰り「お金に負けるんですよ人間は」
そんなことを発見し自分に照らし合わせると思いました。
競馬好きで普通に働いてる人間が「お金そんなに必要か!?」って
で、「賭けるのやめてみよう!」
これで競馬見なくなったり物足りなくなったりしたら競馬より金目的でやってたんだ!!
もし賭けずに普通に応援して見れたら本当に好きなんだ賭けるのもやめれるかもしれん!!
そしたら・・・「見れました」普通にしかも不思議と楽しんですよ金賭けてる時よりも・・・で僕は賭けるのをやめました。
そして、自分が応援してる馬が勝ったら自分に何か買うようにしています。競馬で金銭面では特には痛手はなかったので。
で最後に「嫌悪感」の正体も分かりましたそれは・・・
僕は競馬が大好きです。
僕たちは大人になると「お金の多い少ない」で判断されるってことを遺伝子レベル、社会レベルで目のあたりにしていきます。そこにお金が減るってことがマイナス感情として働いていて、競馬(好きなもの)でお金が減る(マイナス感情)のがまるで好きなことが嫌い側に引っ張られていくのが
「嫌悪感」なんだと思います。
そして、よくよく考えると
賭けてない場合
応援している馬が勝つ+物を奮発して買う=幸せ2倍
賭けてる場合
①応援している馬が負ける+金がなくなる=不幸2倍
②応援してる馬が勝つ+金が(資金繰りできずに最終的にいつか)なくなる=不幸∞
という風にも考えられます。
競馬で勝つことはできても
お金に勝つことは難しいということなんではないでしょうか?
宝くじ当たった人も不幸になるって話も聞きますし。
僕らはお金との向き合いかたから考えた方がいいのかもしれませんね。
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