カニの時計

ある日、友人とランチをしていた時のこと。友人と楽しくおしゃべりをしていたら、ふと友人の腕時計が目に入った。とても素敵な銀色の時計だった。時計の盤を囲んでいるシルバーの太いフチにローマ数字が刻まれていて、クラウンという部分は青くピカピカ輝いている。こんな素敵な時計があるもんなんだなと、そのセンスの良さに感嘆とした。時計やアクセサリー類を面倒くさいとほぼつけない私でも、これならつけてみたいと魅入られた。

普通なら、その時計とても素敵ね、どこのブランド?と聞いて会話を弾ませるのだろうか。私は他人とコミュニケーションを取ることが苦手で、この質問で相手が気分を害してしまったらどうしようとか、そんなことも知らないのとあきれられたりしたらどうしようとかいろいろ考えてしまって、自分から能動的に会話をすることが極端にできない。いつも会話は聞き役か、自分の失敗談を面白おかしく話すことくらいだ。それを面白いと思ってくれている友人でとても良かったけれど。

結局今回も自分から会話を振ることが怖くてできず、時計のブランドの名前を隙を見つけては必死に読み取ることにした。筆記体だ。難しい。Ca…n…

Cancer

蟹?

そういうブランドもあるのか。蟹座だし、ちょうどいいではないか。読み取れて安堵した私は、また彼女との会話に戻った。彼女の話題は豊富で楽しい。

ひとしきり楽しく過ごし、山手線でそれぞれの家路に分かれた後、覚えているうちにとさっそくスマホを取り出し検索してみた。

蟹 時計

出てこない。

cancer 時計 シルバー

似たものは出てくるけれど、違う。

あんなに素敵で特徴的なのだが…。ブランド名が間違っているのか。やはり蟹というブランドなんてないのかもしれない。

シルバー 時計 レディース ブランド

で改めて画像検索をかけてみた。出てきた画像をくるくるとスワイプをして探す。すると近いものが出てきた。きっとこれだ。名前もこれに違いない。

Cartier

カルティエ

そうか、カルティエか。Cartier Cancer…蟹と綴りがとても似ているな。筆記体ならなおさら。私でも知っている有名ハイブランド。なるほど、ハイブランドであればあのシルバーの深みや輝きは納得がいくというものだ。知らんけど。お値段も気品漂う価格だ。

Cartierと蟹を間違える辺り、私には不相応な時計ではありそうだ。

スマホのアプリを閉じて時間を確かめた。18時40分。溜息まじりに時間などわかればいいか、とつぶやいた。


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