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妄想小さな貸本屋5

物語
読書

「ベンのトランペット」を借りて遠ざかって行く中学生の後ろ姿を見送っていると「お待たせしました。今日はどのような?」という声で我に返った。
そうだ。今日はどうするのだっけ。
先日借りた「読書感想文からオトナの世界が見える」をバッグから取り出して、それに300円を添えて窓口に出しながら「う~ん」となってしまったがとりあえず聞いてみた。
「大人が読んでも面白い絵本って、他にもありますか?」
「ええと、こう、考えたことなかったとか、大人になって改めて考えてみたくなるみたいな?視点が変わるとか、そういった面白さというか-」と、相変わらずうまく言えなくてしどろもどろの言葉しか口から出てこない。
するとすぐに
「これでいかがですか?」と、窓口一杯の大きさの絵本が出てきた。ちょっとつっかえていて本が斜めになっている。このテンポに慣れてきたぞ。
「算数の呪い」(!)
表紙一杯の「算数の呪い」という四角い文字が目に飛び込んできて、そのまん中に小さな女の子がゾンビみたいな顔でひっくり返っている。ははあ、これはホントに小さい子向けじゃない感じの絵本だな。訳は青山南…って、見たことあるぞ、この人の本はどこかで読んだような。
「この本は、みなさんたいていのことは算数の問題としてかんがえられるんですよから始まる半分以上ナンセンスで半分以上大真面目でいやがうえにも算数というものを考えてしまうもので特にバスの運転手さんはどういう人かを○か×でこたえなさいなんて頭がでんぐり返しになるようなことはホンの手始めでうなってしまったのは24個のカップケーキを25人で分けるにはどうすればいいかという難問を-あっ、要するに世の中は算数で考えられることがたくさんあるということとそれだけじゃダメなこともたくさんあるということを数学好きな人にもアピールしながら引きずり込んでしまう魅力あふれる絵本で幼稚園児や小学生はもちろん大人にも硬くなった頭をばりばりとほぐして考えるための視野を一回り大きくしてもらえるような絵本ですのでぜひどうぞ。」
この前よりも一段と熱のこもったすすめ方でこれはもしかするとさっきの「ベンのトランペット」の中学生に気持ちを掻き立てられたのではないか。
多くのオトナは若い後輩たちのために何かしてやろうというときにはいつにもまして柄にもなく頑張るものでそういう機会は私も経験したことがあってそういう自分が意外だったけど、とても好ましく思ったことがあったなあ。
なかなか無いものだよ、自分を好ましく思うなんてことは。
バッグに入りきらない大きさなので、バッグの中から普段使わない小さくたたんだエコバッグを出してちょと苦労して広げた。いつものエコバッグの方が広げやすかったけど、そっちはちょっと汚れていたから。本を丁寧に包み込むように薄いエコバッグに入れて、いつもより少し元気な気持ちで
「それじゃまた」と、窓口を離れた。
普段使いのエコバッグ、帰ったらすぐ洗っておこう。
忘れないうちに。

本日おすすめされた本
「算数の呪い」
ジョン・シェスカ文 レイン・スミス絵 青山南訳 小峰書店

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