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体調がよくない日の切り抜け方

体調がよくない日というのはどうしても、あります。

ここ数日は特にきつい……! 悪寒と吐き気。そして頭痛。
病院に通って、体調不良の原因は把握済み。時間の経過とともに寛解していくものだと知って安心もしています。だけど、原因が分かって安心できたとはいえ、今現在の症状が良くなるわけではないんですよねぇ。きついものはきつい。なので、しばらく寝て過ごしています。

体調がかんばしくない一日に、もっとも高い壁として立ちはだかるのは、ごはんの支度。自分ひとりであれば「つくらない・食べない」一択なのだけれど、子どもがいるとそういうわけにもいかず。
昨日の夕飯時の出来事が印象深かったので、その風景を備忘録として残しておこうと思います。

***

18:30。 寝室に横たわっていた私は、ふっと目覚めた。どうやら15分ほど寝てしまっていたらしい。4歳の娘は隣の部屋のリビングで過ごしている。娘におやつを配膳したときはEテレを観ていたけれど、今は何をしてるんだろう。目を閉じたままリビングから聞こえてくる音に耳を澄ます。……うん、これはおそらくマインクラフトのゲーム実況チャンネル。ときおり娘のキャッキャと笑う声も混ざる。どうやら娘はご機嫌な様子でYouTubeに夢中らしい。

ありがとう、YouTube。私はあなたのおかげでこうして休息できております。もうしばらくのあいだ、よろしく頼んます。私、もうちょっとだけ、寝るね……。

そう念じた瞬間、「ママ―! おなかすいたー!」という大きな声。くぅ、南無三。ここまでか。往生際の悪い私は、ちょっと気づかないふりをしてみる。

すると、トットットットットット……と駆けてくる音。そしてターンと開け放たれる扉。

「く、くる……!」。身の危険を察知して、咄嗟にうつ伏せになり背中を丸める。どさっと背中に落ちてくる娘。「ママ―。ごはん!」。きゅるんとした2つの大きな目がこちらを見ている。くそぅ。かわいい。

「オッケーオッケー」。ようやく諦めた私はふらりと起き上がった。起き上がったとたんに湧き上がる胃酸。うぐ……。これはアカン。夕飯を10分でつくって即座に寝るのだ。

寝ぐせのついた髪を整えることなくエプロンを身に付け、キッチンへ。冷蔵庫の野菜室をガラっと開ける。思わず「ひぃ……」と声がもれた。ろくなもんが入っていない。こういう日は納豆ごはんにミニトマトでも出していれば十分なのに、納豆とトマト、その両方がなかった。あるのはニンジンやピーマン、長ねぎの使い残しがちょろっと。
気を取り直して冷凍庫を開ける。目に入ったのは、ラップにくるまれた冷凍ごはんと、60グラムほどの豚ひき肉だ。

「こりゃあ、炒飯しかないなぁ」。腹を決めた私は、無心になって野菜の切れ端を寄せ集めてみじん切りにした。そしてレンジで解凍した飯と肉とを一緒に炒め合わせる。味付けは塩コショウ。そして鶏ガラスープの素を少々。味見なんかはしていられない。匂いを嗅ぐと吐き気を催すから、口呼吸に徹する。目指すは一刻も早い料理の完成と、寝床への帰還。

「できた……。できたよー!」。どんな状況であれ、なにかを自らの手でつくるというのは達成感があるものだ。少しばかり晴れやかな気持ちになったところで娘を食卓に呼んだ。娘がトットットと駆けよってくる。そして食卓を一瞥するやいなや、顔を歪めてこう叫んだ。

「ケチャップごはんがよかったのにー!!」

「ケッ……ケチャップごはん……?」。娘の無慈悲すぎる言葉にたじろぐ私。娘の言うケチャップごはんとは、オムライスのなかに入っているチキンライスのようなケチャップ味のごはんのことだ。出来上がった炒飯にケチャップをかけてリメイクするのは全然気がのらない。それは炒飯に対する冒とくだろう。塩分も過多。そして何より今はケチャップの香りを絶対に嗅ぎたくない。

「ケチャップはついてないけど、十分おいしいよ。ほら、どんどん食べられる……」。本来自分で食べる予定ではなかった炒飯を、必死の形相で2、3口食べてみせる。うっぷ。もう無理……。

「やだー! 〇〇ちゃんはケチャップごはんが食べたいの!」

娘は今にも泣きそうな顔をしている。私も泣きたい。こうなったら、娘の要望通りにするのが一番の近道だ。さきほど使い終わったフライパンをさっと洗い流してコンロの火にかける。ケチャップをボトルからブブっと押し出して加熱。ケチャップの余分な水分を飛ばすために加熱するわけだけれど、熱を入れれば入れるほど、トマトの濃くて強い匂いが部屋いっぱいに充満する。狂暴な香りが弱った胃をいたずらに刺激してくる。唾液が口いっぱいに広がってつらい。「くぅぅぅ……。これ、なんの修行?」。涙をこらえてケチャップごはんをこしらえる。修行を完遂した私は、娘の席に配膳した。

ニコっと微笑んだ娘の表情を確認した私は、そのままベッドへダイブした。胸のカラータイマーが赤色に発色し点滅している。私のウルトラ心臓が悲鳴を上げているのだ。本日の営業は終了しました。閉店ガラガラさようなら。

娘はしばらくおとなしく食べてくれていた。しかし、急に何かにはじかれたかのような大きい声が響き渡る。

「ママ―! 〇〇ちゃん、のり巻いて食べたいー!」

「……のり?」。わたしは思った。のりってなんだろう。
声に出して唱えてみる。「の」、「り」。うーん。……のり?

「ねぇ、ママ! のー! りー!」

娘の声がどんどん大きくなる。ダメだ。のりがなんのことだかさっぱり分からないけど、何か言わなくては。

「〇〇ちゃん! ママ、元気がないから、ちょっとこっちに来てくれる? ママのことギュっとしておくれよー」

トットットットットットと駆けよる娘。そしてニヤッと笑みを浮かべた顔でハグしてくれた。不機嫌なときであっても、ハグを要求すれば素直に応えてくれる娘。かわいい。愛しい。ぎゅー。かわいい、かわいい。ぎゅー。

ハグしている約1分間のあいだに、生命エネルギーのバロメーターであるカラータイマーが赤色から青色に変わっていく。ちょっとだけ元気と冷静さを取り戻す。「のり」が「海苔」であることも徐々に理解できてきた。
そして念じる。「お願いだ、娘。このまま、海苔を忘れてくれ……。海苔を、忘れるんだ……!」

私の胸に沈めていた顔をパッと勢いよく上げて、娘が言った。

「ママ、もう大丈夫? のり、食べてもいい?」

「……あ。……うん。食べて、いいよ」。負けた。君には負けたよ。娘のハグにより、少しばかりのエネルギーを手に入れた私は、よたよたと食卓に向かった。ケチャップごはんを味付けのりで巻いて、小さなおにぎりをいくつもこさえながら、楽しそうにほうばる娘の顔をじっと眺める。

子育って、大変だけど悪くはないんだよな、とちょっとだけ思った。

***

体調が良くないときに、子どもに無理難題を突き付けられて、頭が沸騰しそうになったとき。そんなときには、一度すべての思考と行動をストップさせてクールダウンするといいらしい。できれば子どもをハグして、少しのあいだ無の時間を一緒に過ごせると、お互いちょっと冷静になれるし、元気も取り戻せるなと思いました。
これはなかなか、危機を切り抜けるための良い手段。忘れずに覚えておこうと思います。うん。

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