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閉塞感とかヤングケアラーとか

昨日、映画を見てきた。
ギルバートグレイプ。

1994年の公開で、当時特殊教育(当時の言い方)を勉強し始めてばかりだったので、興味関心を持って見に行った。レオナルドディカプリオの演技に圧倒されたこととラストシーンはよく覚えていた。

約30年ぶりに見てきた。

相変わらずレオナルドディカプリオがうますぎる。こういう子いるよなーと思い浮かぶ。そして、今だからこそ、なんだけど「家族で抱え込まないとだめなの?」って思っちゃう。

ギルバートは家族に縛られてる。動けない母と動き回る弟とに。父の建てた家に。収入もだし、弟の養育も。常に死んだ目をしてる。そんなところに浮気相手はひかれたのだろうか?

そんなギルバートがベティに会い、変わっていく。その変化がよかった。目つきが変わったよね。

お母さんのお葬式❓は覚えていた通りだった。そして、ラストシーン。前向きになれる。

約30年ぶりに見て、この間に私も特別支援の教員になり、妻になり、母になり過ごしてきた。ギルバートの閉塞感がものすごくよくわかる。私もずっとそうだった。実家にいた時も、子どもたちが小さい時も。死んだ目をしていたのかもしれない。

今はちょっとずつ自由になれてる気がする。目が変わったかな?

昔見た映画をこうやってまた見るのっていいな。新宿武蔵野館も素敵な映画館でした。

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