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家族のLINEをブロックした話

こんにちは。さなぎです。
noteではよく「複雑な家庭事情があった」とお伝えしています。

複雑な家庭で育ったからこそ、早く結婚して早く家を出たかったわたし。

その考えにずっと不満を持っていた人物。

『祖母』

モヤモヤしていた全ての根源が彼女でした。

先日、ついに彼女のLINEと電話番号をブロックしました。

自分で言うのも変ですが、嫌なことや辛いことが起きても常に前を向くタイプ。

「自分は同じことを繰り返さないようにしよう」
「この経験すらも学びだから糧にしよう」
「この人にも事情があるんだ、その事情を察しよう」

だからブロックしたことは本当に珍しいこと。
そこまでわたしを追い詰めていたことだったのでしょう。

今回は感情整理という名のアウトプット。
奥底に眠って囚われていたことを綴ってみようと思います。


人を信用できなかった原因

ずっと疑問に思っていました。

「なぜこんなにも人を信じることが出来ないのだろう?」

複雑な家庭で育ちましたが、両親とは仲が良いのです。

すでに離婚をしていますが、それぞれと連絡も取り、よく会います。

自分の恋愛経験を思い出してみよう。

…うむ。

中学時代付き合っていた彼に誕生日にフラれたことがあるな…苦過ぎるわ😅笑

考えてみたらお付き合いを始めたと同時に、わたしの”人を信じられないスイッチ”が作動していた気がする。

なぜだろう。

そういえば結婚した直後もそうだったような…。

ずっと楽しくお付き合いをしていて、ちょっと自分がワガママを言っても何とも思っていなかった。

結婚した途端、また”人を信じられないスイッチ”が作動。

一気にガチガチになって、何をしてもいつも不安でした。

それが和らいだのが結婚10年を迎えたころ(遅)。

夫からこう言われました。

「伝えたいことはもっと早く言っていいよ。言わないと分からないから。ずっと実家で我慢してきたのは分かるけど、ここは君の育った家ではないよ。」

ハッと気付かされました(相変わらず核心部分に気付けるすごい人)。

となるとやっぱりヒントは”実家”か。

記憶を辿っていくとそこには「真の敵:祖母」がいました。

祖母はわたしよりもが好き。

「しっかりしている子には興味がない」というタイプ。

表では「〇〇ちゃん(わたし)も大変だよね。いつでも実家においで。」と言います。

春からN中の送り迎えで実家でゆっくりさせてもらおうと思っていましたが、母には裏で「毎日来られても困る」とか「わたし何もしないよ」「お茶も出さないよ」と言う。

もちろん春以降、一度も顔を出していません。

プレゼントやお土産を渡しても表では「ありがとうね」と言います。

母には「あんな安っぽいものもらってもいらないわ」や「こんなものもらってもいらないわ」と言います。

悲しいかな。

それを母に言い、わたしに伝えておけと言うのです。

母も何も言わないわけにいかず、わたしに伝える。
母も言わなきゃいいんですけどね。でも言われるんです。正直者だから。

もちろんショックを受けます。

信じていたはずの人からわざわざ本音を伝えられる。

母が出て行った後に味方だと思っていた人はむしろずっとわたしに不満を持っていた。

小さい頃から多々あったこの出来事こそが、人を信じられない原因だったのです。

この数年間でこういうことが何回もありました。

久々に心がキュっとしました💔

余談ですが、わたしはお花に全く興味がありません

プレゼントでお花をもらったらわたしはいらないもの認定することでしょう。
逆にヒートテックとか使えるものはめちゃめちゃ喜びます。

要は「心を込めて選んでいる」ことが大切ではないでしょうか。

が、それは彼女には通じないようです笑

その場しのぎの罪

そもそも彼女はなぜそんなことを言うのでしょう?

おそらく何とも思っていません笑

目の前に”自らの幸せ”があるなら自分のしたことは忘れてしまいます。

わたしがイラッとして放った言葉や母が同じように放った言葉はメモが残されていました(母が実家リビングで発見したそうです🤣デスノートかよ)。

しかし彼女がわたしたちに言ったひどい言葉たちは「え?そんなこと言ったっけ?」と言います。

記憶がすり替わってるのです。

いやいや政治家かよ!

ここでピンときたのです。

「家族にもきっと行き当たりばったりのことを言っていたんだな。」

そのせいでみんなが動いた結果、解決しない問題だから手が付けられなくなる。

時系列はこんな感じです。

トラブルが起こる💣
→祖母がその場しのぎで対応する
→祖父に気付かれないよう適当に言い訳する
→そのことを知らない母と父がパニックになる
→やっぱりおかしいと祖父が気づく
→祖母はやったことも言ったことも覚えていない
→なぜか勝手に原因にされて父が怒られる

婿養子(父)が可哀想すぎる…😂

その喧嘩の現場をわたしたち姉妹は常日頃見ることになる。

妹は歳が離れていたので、喧嘩をしていたらわたしがリビングに行かないように止めていました。

記憶に残りやすいわたしの脳にはいろんな感情が染みつきました。

・いつもおじいちゃんは怒っている
・いつもおばあちゃんは泣いている
・いつもお父さんは叱られている
・いつもお母さんはおじいちゃんと戦っている
・何が正解なの?誰が正解なの?

なぜ喧嘩が終わらないのか。
それは「喧嘩の原因となった人(祖母)の記憶に残っていない」から。

おいーー!🤣

愛情が欲しかっただけなのに

そんなこんなで諸悪の根源を発見してしまいました。

性格的に「この人にもいいところはある」と思うタイプなので、無理矢理受け入れていました。

母にも「あんなに言われてもあなたは優しいね」と言われる始末。

そうじゃなくて、本当にそう思っていたんです。

世の中悪い人はきっといない。
何らか事情があるはず、と。

そんなわたしが何故LINEブロック&着信拒否までしたのか。

事の発端は叔父が実家に帰ってくると決まったことから。

叔父は高校卒業と同時に実家を出ました。
わたしが会うのは1年に1回程度。

独身60代。
身体は生活習慣病のデパートメント。

最近は入退院を繰り返しています。

祖母は息子である叔父を実家に連れてきたかった。
なぜなら最愛の妹が最近結婚してしまい、実家を出て寂しいから。

「病院から”実家に帰るまで退院はさせません”と言うから実家に住ませる」といい、無理やり実家に戻すことに(本当に言われたのかすら疑っていますが)。

ちなみに母は兄妹間ではわたしと同じ立場。
わたしたち親子嫌われている側の人間です(叔父はお金も頼っていると推測しています)。

自分の子どもにも同じようにひいきや差別をしていたのです。

叔父が帰ってくると決まってからわたしと母に放った言葉。

「あなたたちの荷物、邪魔だから片付けて。いつでもいいから。あ、でも水曜日にゴミの業者来るからね。」

???

今月曜日ですよ?いつでもよくないよね?明後日ですよ?
あと邪魔って言った?わたしたちのものはゴミってか??

そんな言い方あるかね…。

腹が立ったのでその日に出向いて必要なものを取ってきました。

で、水曜日。本当に全てを捨てられました🤣

まがりなりにも結婚まで住んでいた実家。
結婚してだいぶ経っていますが、言い方ってものがあるでしょうに。

「いつでもおいで。ここはあなたの実家だから。」

よく言えたものです。

その日を境にわたしの心が一気に離れました。

良くも悪くもわたしは言葉を真正面に受け取ります。
だからこそ裏切られた時の衝撃は人一倍大きいのです。

対して妹は…?

「〇〇ちゃん(妹)はね、とってもかわいいの❤️」だそうです。

「ひいきはしていない」らしいですよ。

どの口が言えますか笑

ここでもまた気づくのです。

「母親代わりだった祖母に当時平等な愛情をもらいたかったのかも」と。

でもどうやら彼女には難しいようです。
本能で動いていますもん。やっと腑に落ちました。

ブロックする前にふと思いました。

”家族だから愛さないといけないのか?無理する必要はあるのか?近づいて傷つけられるなら近づかない方がいいのでは?”

だからブロックしたのです。

これまでずっと歩み寄っていました。

「この人も大変だよな。じいちゃんにいつも怒られて、娘は実家から家出しちゃって。可哀想。」

逆でした。

「この人のせいで家族がバラバラになったんだ…。」

わたしが今後歩み寄ったとしても裏切られ、きっとまた傷付けられる。
もはや平等な愛情でなくてもいいのです。諦めます。

せめて…せめて言い方は何とかなったでしょうに。

彼女は言います。

「あなたは何でも出来る子だからね。心配してない。」

違う。努力したんです。今もしてるんです。
やり始めたことは形になるまで努力をしている。

ポンと始めて、ポンと出来るわけではないんです。
”粘る”という才能があったんです。

わたしこそ変なところに依存していたのかもしれませんね。
返ってもこない愛情を求めて、ずっと歩み寄っていた。

彼女にコンプレックスがあるのかもしれません。
だから弱い側を可愛がっているのかもしれない(ダメだ、またこうやって歩み寄ると傷つけられる)。

・妹はかわいい、わたしはかわいくない
・妹がくれるものは何でも嬉しい、わたしがあげるものはどーでもいい
・妹は良いものをくれる、わたしはどうでも良いものをくれる
・だって妹が大好きなんだもん!仕方ないでしょ!

実際に言われた言葉です。
悲しいですよね。わたしが何をしたっていうんですか。

ここまで否定されるともはや清々しいのですが、反面「生まれてきて良かったのかい?」なんて思ってしまう自分がときどきいます。

ダメダメ。そんなことに脳みその容量を使うことが勿体無い。

さて。これにてわたしの実家はなくなったわけで。

もう傷付かなくていいんだと思うとちょっと気が楽にもなります(分からない、家に来たりして…裏で何を言われているのでしょう😅)。

90歳近い人を相手に大人気ないなとも思いますが、高齢だからこそ手強い。

自分の幸せは自分で作る。
少なくともわたしは目の前の幸せではなく、末永い幸せを探していきたい。

そのためにわたしが手放すことは”愛情への依存”なのかもしれません。
いわゆる”自立”ですかね。

振り返ると、いかに幼少期から学生時代の家族関係が大人になってから影響を及ぼすかが分かります。

だからわたしは息子に寄り添いたいし、夫とも穏やかに暮らしたい。

人間関係って難しいな。
寄り添いすぎると”依存”になるし、離れたらそれも違う。

ひいきしたくないから我が家が一人っ子というのも納得でしょう?

こうやってときどき振り返りながら、自分の幸せを探そうと心に誓ったのでした。

今回はここまで。
重い内容、失礼いたしました。

同じ悩みに苦しむ方に届けば嬉しいです😊
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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