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【追悼】松本道弘先生

同時通訳者でディベートを日本に広められた松本道弘先生が、先日お亡くなりになりました。

先生との出会いは、私が学生時代だった遥か前に遡ります。第三志望の大学にかろうじて引っかかった私は授業に関心を抱くことができず、アルバイトばかりしていました。大学3年に進級後、他学部で開講されていた故・井上久美先生の「通訳」の授業をとりました。先生は外部スクールでも教えておられ、私はその学校に毎週土曜日、行き始めたのでした。

受講開始から少し経った頃、ゲスト講師として登壇されたのが松本道弘先生でした。

お名前はもともと存じ上げていました。当時、英語学習をする者にとって松本先生はまさに雲の上の存在だったのです。海外経験なしでアメリカ大使館の同時通訳を務めたことや、NHKテレビの英語講座を担当されたことなどは、伝説になっていました。お会いしたくても会えない偉大な先生が、目の前で講義をしてくださっていることに、私は感激しました。

その時の先生のお話は、英語学習トピックにとどまらず、欧米と日本の文化の違いについてなど、幅広い内容でした。日本固有の「納豆」をキーワードに文化論を展開されたのです。非常に興味深いものでした。私自身、幼少期に海外にいたことから、納豆的観点で日本社会をとらえたことに大いに共鳴しました。

講演後、思い切って先生に感想を申し上げました。何しろ雲の上のような同時通訳者が目の前におられるのです。私は緊張しました。ところが先生は、

「君、なかなか面白いことを言うねえ。僕が主催している英語塾・弘道館にこんど遊びにいらっしゃい」

とおっしゃり、名刺を下さったのです。偉ぶるどころか、若い学生の話に真摯に耳を傾けて下さるそのお姿に感激しました。

以来、弘道館に通うようになりました。先生が考案された英語試験・ICEEを受験したり、仲間とディベートや同時通訳、TIME講読に励んだりと充実した学びが続きました。

さらに私にとって大きかったのは、先生の恩師であられる西山千先生に直接お目にかかれたことでした。西山先生はアポロ月面着陸を同時通訳された方です。西山先生が弘道館に来られ、同時通訳を披露してくださったのです。松本先生のお話を同時通訳されるという、まさに師弟が目の前で繰り広げる圧巻の一幕でした。

あのとき拝見した西山先生の同時通訳は、私にとってめざすべき同時通訳者像となりました。その思いは今も変わりません。と同時に、松本先生の謙虚さ、ひたむきさ、学びへの意欲、好奇心も私の生きるべき指針となっています。

松本先生との思い出はあまりにも沢山あり過ぎて、ここには書き尽くせません。先生ならいつまでもいつまでもお元気で生きておられるはず、と私は勝手に思っていました。ゆえに、先生の訃報が今でも信じられません。

通訳者としての道筋を私に示して下さった松本先生に、心から感謝しています。先生、ありがとうございました。

ご冥福をお祈り申し上げます。

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