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以前、でも、以後、でもなく

昨日、日帰りで大阪まで出かけてきた。お目当てはこちら:

当初のお目当ては指揮者ダニエル・バレンボエム。指揮者の世界も少しずつ世代交代がなされている。まだお元気なうちに拝見しておきたいと思い、チケットを買っていた。

しかし、数週間前に氏が病気で来日できなくなったとの知らせが入ってきた。代役を務めるのがティーレマン。彼はドイツ出身の大ベテラン。バレンボエムの指名推薦により急遽ピンチヒッターとなった。

曲目はブラームス交響曲第1番と2番。いずれも亡きヤンソンスのコンサートで聴き、大いに感銘を受けた作品である。ヤンソンスが亡くなったのは3年前の11月30日。心の中で追悼しながら聴こうと思っての購入である。

演奏は素晴らしかった。重厚で、ドイツの作曲家ブラームスの雰囲気をドイツのオーケストラが奏でていた。が、私の中では同時にヤンソンスのことが思い出されて切なくなった。大学院時代にロンドンのコンサートホールで初めてヤンソンスを観て衝撃を受けたこと、以来、ヤンソンスの来日コンサートは欠かさず聴きに行ったこと、私自身の若かりし頃から現在に至るまでの人生などが脳裏に浮かんできた2時間の演奏会だった。

直接面識のない(いや、厳密にはサインは2回頂いたことはある)ヤンソンスではあるが、私の中では本当に偉大であり、目指すべき人格だった。仕事へのアプローチ、人生観など、とても影響を受けた。だから76歳で亡くなったことが今でも悲しくてならない。

でも、同時に昨日、こうも思った。人は「今」という瞬間にのみ生きるのだ、と。それ「以前」でもそれ「以降」でもない。私自身が76歳まで生きられるという絶対的保証もありえない。だから、過去や未来を逡巡して心ここにあらずであってはいけない。

大阪のシンフォニー・ホールでブラームスを味わいながら、改めて「今」を大切に生きていきたいと思った。今、自分が大切にしたい人たち、大事にしたい事に対して誠意を持ちたいと思った。

(ページトップの写真は昨日の演奏会の模様。主催者がブラームス1番終了後の写真撮影を許可してくださいました。感謝)



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