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「ラ・ヴァルス」

10月6日木曜日にサントリーホールでロンドン交響楽団(LSO)のコンサートを聴いた。指揮はサイモン・ラトル。演目は武満徹、ベルリオーズにシベリウスなど盛りだくさんだった。

この2年間、オーケストラの来日がなかなか叶わず、私にとっても久しぶりのコンサートだった。国内オケはそれでも少し行くことができていたが、海外の楽団は久々。特にLSOは留学時代に何度もLSOの拠点・バービカンホールで聴いたので、思い入れがある。

サントリーホールへのアプローチ、エントランスの真上にあるシャンデリア、ホール内のオルガンに深紅のシートなど、コンサートを味わう上で本当に贅沢な空間だ。

LSOのコンサートでいつも私が注目するのは、クラリネット奏者のアンドリュー・マリナー。あの名指揮者ネヴィル・マリナーの息子である。クラリネットなので、舞台の中央にたいていは位置している。しかし、今回は見当たらず。プログラムの名簿にも無い。後で調べたところ、すでに定年になり数年前に引退されていた。

定刻になり、チューニングを経てラトル氏が舞台袖から登場。その姿を見たとき、2019年1月にバービカンで聴いたコンサートを思い出した。バイエルン放送交響楽団で指揮は私の敬愛するマリス・ヤンソンス。このコンサートのために私は渡英したのである。

すでにこのころのヤンソンスはあまり体調が良くなかった。舞台袖から上がってきたときも、手すりにつかまりながらであった。もちろん、いざ曲が始まればエネルギッシュではあったが、その前後の姿は痛々しかった。まさに音楽のために全身全霊を捧げていた。

その様子を、先日のサントリーホールで私は思い出したのだ。涙が出てしまった。

一人の芸術家にこれほどまで敬愛し憧れるというのも、当人を知らない人からするとピンとこないと思う。何しろ私自身、ここまで自分の人生に大きな影響が与えられた音楽家との出会いがあるとは思ってもいなかったのだから。

ロンドンの大学院時代、辛い課題に寒々しい英国の冬気候、言葉の壁など、本当にしんどかった。自ら望んで留学してきたはずなのに、なんだって自分はこんな苦しいことを選ぶために大金をはたいたのかと思ったほどだ。そんな時、現実逃避で出かけたコンサートでヤンソンスが振っていた。以来、氏のコンサートは私にとって慰めであり、励みになっていったのである。

帰国してからもそれが続いた。毎年、バイエルンとコンセルトヘボウを連れて来日していた2000年代。毎年11月にヤンソンスのコンサートを聴くのが楽しみだった。そのために一年間、仕事を頑張っていたと言っても良い。だから、2019年11月末に急逝されたことは本当に辛く、今でも涙ぐんでしまう。

そんな思い出に自らを置きつつ、ラトルとLSOでラヴェルの「ラ・ヴァルス」を聴いた。ヤンソンス十八番の曲。ラトルのエネルギッシュな振り。LSOの重厚な音の幅に心を揺さぶられ、励まされた。素晴らしいコンサートだった。

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