見出し画像

ちはやぶる 神代もきかず 豚の顔 からくれなゐに 頬染めるとは

昔、男がいた。彼は「報われる者」だった。
勉強すればした分だけ成績が上がる。走れば走った分だけ、速く遠くに行けるようになる。努力が必ず報われる体質の持ち主だった。
男は、子供心に、誰しもがそうであると考え、頭の悪い者、足が遅い者は、努力が足りない怠け者だと考えた。

ところが思春期になって、努力のしようがない事、そして報われない事があることを知る。彼の顔は丸く、良く言えばつぶらな瞳で、盛り上がった頬は朱に染まり、鼻の穴は正面を向いている。
その「豚」を思わせる容貌が、幼少期には「子豚ちゃん」と可愛らしく映る事はあった。
しかし、成長し、体毛が濃く茂り、努力の賜物で鍛え抜かれた筋骨隆々とした肉体が伴うようになると、魁夷で異様な容姿でしかない。
だから男が恋をしても報われない。彼は「美」を憎んだ。

それから間もなく、彼は多くの人間が「報われない者」であることに気づく、机に噛り付いても一向に成績が伸びない者。どれだけ練習しても野球が上手くならない者。むしろ、それが普通で、彼からすれば、多くの者にとって努力は気休め程度のものでしかない。
だから男は自分が特別な存在であると悟った。彼は人一倍努力して偉大な存在になることを決めた。

男は甲子園で優勝投手となり、ドラフト1位で阪神タイガースに入団した。そして、高卒ルーキーながら15勝を挙げ新人王に輝く。しかし、その翌年に引退する。彼は野球ではこの世を動かす、真に偉大な存在になれないと分かっていて、多額の契約金だけが目的だった。

この世は「金」だ。経済を動かす者がこの世を動かしうると考えた彼は、野球で得た金銭を元手に、投資や企業買収をはじめた。もちろん誰よりも学び誰よりも動いた。そして報われた。

彼の経営するオーガコーポレーションは設立から5年で売上高数千億円の企業となり、関西では押しも押されぬ超優良企業となった。

その頃、男の前に現れたのがウラシマという占い師だった。といってもウラシマは自分の事を占い師とは言わない。あくまでも科学的分析に基づく予測とウラシマは言う。
男にとってそれはどうでも良いことだ。とにかくウラシマの予言は100%当たるのだ。ウラシマが語る、天変地異、事件事故、景気、全ての情報がその通りになる。そしてそれらが起きるタイミングまでも寸分も狂いがない。

元々ウラシマはSNSで災害や事故の情報を予言し、人々に注意を呼びかける善意の活動をしていて、男はウラシマの情報を独占する事を欲した。それは男のビジネスに巨大な利益をもたらすはずだ。

ウラシマとの最初の面談で、男は怒りで震えた。ウラシマは秀麗眉目な青年で、男が憎む「美」がそこにあった。だが男の欲望が感情を凍結させた。
断られること二度。男は文字通り三顧の礼でウラシマを手に入れる。そして彼の会社は更なる飛躍を遂げた。男の努力はやはり報われた。

そして会社設立から10年が過ぎた頃、北海道の球団にスーパースターと呼ばれる逸材が登場する。その青年は投手として10勝を挙げ、打者としても20本のホームランを記録して世間から喝采を浴びた。

男は30歳を過ぎていたが、その青年を越えたくなった。そして自分の努力が必ず報われる事を改めて証明したくなった。
男がウラシマに尋ねると、会社から離れても問題ないと断言する。男は阪神タイガースを会社ごと買収して、自らを入団させた。そして体を鍛えなおす。そして「振られたものが成功する」という噂のあった、かぐやという女に言い寄った。男はあらゆる努力を惜しまない。

かぐやと会った時、その美に、男は「美」への怒りすら忘れて驚嘆した。振られて成功するという目的も忘れた。以前に、彼はしらゆきという美女を手に入れたことがある。
しらゆきの華麗さはいわば太陽にも似て、まぶしすぎて男は自らの醜悪さを刺激され、いたたまれなくなる。
かぐやの優美さはそれと比べると月のようでもあり、凛とした清冽さにただただ見とれるだけで、思考も停止してしまう。

男をかぐやを手に入れようと努力したが報われなかった。しかし振られて成功するという目的は達した。彼は最多勝をはじめ投手タイトルを総ナメし、打者としてはタイトルこそ逃したが、35本のホームランを打った。
男は自分が「報われる者」という事を確認し、野球をまた止めた。そして次の舞台として「政治」の世界を選んだ。

男が選挙に勝って大阪府知事に就任する頃。拡大する東京に対抗するために、関西が一致結束すべきという機運があった。彼はその風と、自らの財力、そしてウラシマの的確な予言を武器にして、関西を一つに纏め上げ、政策面で独自路線を展開するかぐやに対抗したい中央官庁を味方につけて、最終的に西日本全体を統治する機構を作り上げ、その頂点に君臨した。

西の皇帝と呼ばれるようになった豚の顔を持つ男の名は大賀という。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?