詩誌「三」70号掲載【六月のルリニワゼキショウ】正村直子
お気に入りのドレッシングを切らしていた朝だった。テレビから誰かの死が伝えられたいつもの朝だった。「本日の最高気温は二九度です」。少し焦げたトーストに、ピーナッツバターが溶けていく。
いつもなら通り過ぎる公園を、なんとなく通り抜けてみた。小さな紫の花がシロツメクサのとなりに咲いていて、グーグルがルリニワゼキショウという名を教えてくれる。ルリニワゼキショウ、北アメリカ原産、帰化植物。
なんだかよくわからないけれど、ずいぶん遠くからきたようだ。ルリニワゼキショウ。花の名前を覚えることは、見知らぬ子供に笑いかけられることとすこし似ている。
風が吹き抜けていくと、むっと緑のかおりがまして、そうだあれは小学校二年生のときの外掃除。雑草を抜くふりをしてただ蟻を見ていた。あのときの私の足元にも、ルリニワゼキショウは咲いていたのかも。
昨日を乗り越えられなかった人がいて、なのに今日のルリニワゼキショウはみずみずしく咲いている。そっと花弁をつついてみる。
2023年6月 三70号 正村直子 作
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