詩誌「三」66号掲載【川を見下ろして】石山絵里

毎日通る近所の橋の上で、下を流れる川をじ
っと見ている人に遭遇することがある。
今日もそんなあなたに遭遇した。
欄干を越えて真っさかさまに――
私の想像の中で、あなたは死を選ぶ。
現実のあなたは、通常からすると不自然な角
度で首を曲げ、欄干に手をついて、ただじっ
と川を見下ろしている。
あなたの後ろを通り過ぎるまでのわずかな時
間。私の頭をよぎる想像をあなたは知らない
し、私も、あなたの名前も声も何も知らない。
不意に橋の上で見かけただけのあなた。
どうか、生きて。
生きているだけでいい。
息を吸って吐いて。
ただそれだけで。
なぜか、ただ生きてさえいてくれれば、と願
わずにいられなくなった。
あなたの後ろをいよいよ通過する。欄干につ
いた手は次第に力が入り、上半身はどんどん
前のめりになって――。私は立ち止まって振
り返る。あなたは、先ほどと同じ立ち姿で、
じっと川を見下ろしている。
生きて。どうか、生きて。

2022年6月 三66号 石山絵里 作

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