見出し画像

カンケリ

 どうしようもねーやと思ったらお酒を飲めば良いと教えてもらった。
 今日も下らない誰よりも安いお酒を飲んでいる。喉に流し込まれた安いお酒は一瞬の潤いと長い乾きを私にくれて、駄目なお酒ほど駄目な自分を酔わせてくれる。飲み終わったお酒を落としてそれを空中でキレイに蹴り飛ばせれば、今日の運勢は吉。とか言ってもう今日なんて後何分あるのさ。
 投げた缶は私の足をすり抜けて、カランと音と立てて地面に転がっていった。本日の残り十三分は凶という事だ。
 駅にでも行こうかそこの公園でボケっとしながら煙草でも吸おうか考えていると、なかなか不思議な事が起こった。
「これ、ちゃんと捨てなさい」
 女の子がさっき投げた空き缶を持って来た。
「えっと、それ」
「それじゃなくて、はい。自分で捨ててね。そこにゴミ箱あるよ」
 驚いてる私なんか気にせず、彼女は私の蹴り損ねた空き缶を渡してきた。空き缶が暖かかく感じる。
「渡せないと思ったけど、ちゃんと持てるんじゃん。だったらちゃんと捨ててね」
 そういうと彼女は踵を返し歩いていった。
 受け取った缶を握りしめながら、消えるまで彼女を見続けていると不思議な事もあるもんだなと思い、缶をゴミ箱へ捨てた。凶じゃないじゃん。

 どうしようもねーやと思ったらお酒を飲めば良いと教えてもらった。
 飲み終わった缶の扱いは便利な物で、蹴り飛ばせても蹴り飛ばせれなくても今日は吉になると昨日知った。
 空中へ放り投げた空き缶を蹴り飛ばそうとするが、今日も空き缶は足をすり抜けて地面とキスをする。
「あなた今日もなの」
 吉だね。いいよ。
「来てくれたんだ」
「来てくれたんだじゃないわ。ほら」
 彼女は突然缶を私の方に投げてくる。驚いたけれども、私は反射的に缶に足を差し出した。缶は相変わらず私の足をすり抜けて、地面を転がっていく。どうにも缶を蹴るのが下手だ。
 少し恥ずかしくなり、えへへと作り笑いをしながら頭をかく。漫画みたいなリアクションだね。彼女はそんな私の横を通り過ぎ、空き缶を拾い上げて私に渡してきた。
「はい、こっちはどうなの」
「え、さっきのはリアクション無しなの。こっちってどういう事?」
 渡された空き缶を持たされると、彼女はなるほどと私を見つめる。
「昨日の缶はちゃんとゴミ箱に捨てたよ」
「あら、偉い。なら今日はどうしてゴミ箱に捨てなかったの?」
「飲み終わったお酒の空き缶は、投げて蹴るとその日の運勢が吉なの。昨日失敗したけどあなたに会えたから、だったら蹴れても蹴れなくても吉でしょ。だったらやらない?」
 そう言うと、彼女はうーんと声を上げながら考える。この子も漫画みたいなリアクションする子だな。
「理屈は通ってるけど、あなたそれじゃ蹴れないでしょ」
「うん、どんなにやっても上手くいかないんだ」
「さっき投げた缶足に当たってたけど、すり抜けてたよ」
「うん、抜けちゃうんだよね」
 私に身体が有った頃は、良く仕事帰りに好きなお酒をコンビニで買って、駅から家までの帰り道に飲んでは蹴って遊んでいた。
 ほとんどの日が残り一時間も無かったと思うけれども、大体吉になってた。吉になったからって別に何かあった訳でも無いし。毎日が吉なら変わり映えしないよなぁって思ってたけれども。
「手は持てるってのは初めて見たよ」
「そうなの?私は話しかけられたのが初めてかな」
「それで、なんで私に会えるのが吉なの?」
「だってこの生活やってると話相手も居ないしね。缶も蹴れないしあなたみたいな美人に声掛けてもらえるならそりゃ吉だよ」
 彼女はまたうーんと声を上げながら考え事をしてる。
「あなたも飲む?」
 私は考え事をしてる彼女にいつものお酒を渡す。
「あなた便利なのね」彼女は少し驚きながらもお酒を受け取ってくれた。
「実はね、私も」「かんぱーい」
 彼女が言い終わる前に彼女のお酒に私のお酒をぶつける。
 ぐいぐい飲むお酒はなんだか普段より甘くおいしく感じた。
「言わなくてもいいよ、あなた半分も見えてないもの。私と同じなんでしょう?だったら一緒に飲もうよ」
 彼女は缶を抱きしめたまま俯いてる。
「あ、半分見えてないっていっても顔はちゃんとわかるよ。美人さんだね。羨ましい。見せてよ顔」
 彼女はゆっくりと時間をかけながら私の目を見る。
 ほら、と缶を差し出すと今度は彼女の方から缶をコツンとぶつけて来た。
「よし、乾杯」
「乾杯」

 どうしようもねーやと思ったらお酒を飲めば良いと教えてもらった。
 どうしようもなくならなくなったらお酒は飲まなくても良くなるんだろうか。
 それが少しだけ気になった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?