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野菜の料理人〜ラタトゥイユ編〜

「おー! たくさん取れたなぁー!」
「よく実をつけてくれたよね」
「こんなに取れたから、日本版ラタトゥイユでも作るか」

僕と父さんは、今年の春先から庭で野菜を育てていた。
10畳ほどの小さな畑で、ナス、ジャガイモ、ズッキーニ、トマトを毎日学校から帰ってきては、水やりや雑草取りをして育ててきた。
夏休みに入ってからも自由研究の課題として、これらの野菜の成長記録をとりながら、毎日欠かさず世話をした。

そして、今日。
父さんが、収穫しようとGO サインが出たので
「やっと食べられる!」と僕は喜んだ。
形も大きさもバラバラだけど、大満足だった。だって、自分で作った野菜だから。

ラタトゥイユは、フランスの南部地方の田舎料理。夏野菜のごった煮といったところだ。
ひとまず、父さんは腕まくりをして野菜を全部きれいに洗った。そして、まな板と包丁を持ってこれらの野菜をとにかく、サイコロみたいに四角に切っていく。
「わぁ、僕にもやらせて!」
「いいぞ、ゆっくり切るんだぞ。包丁を持たない方の手は猫の手にして…」
僕は、初めて包丁を持ってズッキーニを切った。恐る恐る指を切らないように慎重に切った。サイコロみたいには切れないから、1cmくらいの幅でぶつ切りに切った。
父さんは、うんうんとうなずいて「良く出来た!」と誉めてくれた。
僕は嬉しかった。妹も弟も一緒に手を叩いて喜んでいる。ちょっとはお兄ちゃんの威厳は保てたかな。

それから、父さんは冷蔵庫から玉ネギを取り出して、これもサイコロみたいに切った。近くで食い入るように見ていたら、涙が出た。父さんもうるうるしてる。
隣にいた妹は、“どうしたの?”と言わんばかりの顔をして見ている。

「よーし! じゃぁ、炒めるぞ」

父さんは、大きいフライパンにオリーブオイルをドボドボ入れた。それから、ニンニクひとかけらを包丁の腹の部分で、バンっと潰してフライパンに入れた。
だんだんとニンニクが茶色に焦げていく。とってもおいしい匂いがして、
弟が「おなかすいた」と言った。
「少し待っててね〜」と父さんは言いながら、玉ネギを入れて炒め始める。
その次にジャガイモ。フライパンの中を少しかき回す。次はナス、次はズッキーニ、
最後にトマトだ。フライパンが野菜たちでいっぱいになった。軽く全体を混ぜて、味の決め手となる出汁を入れる。
「いいか、これから魔法の粉を入れるぞ!」
「魔法の粉?」
「コレを入れると入れないとじゃ、味が全然違うんだ」

その粉は、乾燥した昆布、椎茸、鰹節、小海老、を全部ミルで粉砕したものだった。
僕はドキドキした。薄茶色く砂のようなものをせっかく育てた野菜と混ぜるなんて、本当においしいのかな…
父さんは僕の心配をよそに、ニコニコしながら
「コレでフタをして弱火で20分くらいだな。最後に塩とコショウを振って味を整えたら出来上がりだ」

僕はじっとフライパンの前で番をした。フライパンのフタが透明だったので中が見える。だんだんと野菜からの水分が蒸発してフタにビッシリ水滴がついてきた。フタを開けたい気持ちをグッと堪えて待った。長い針が“8”のところにきたら良いと父さんが言っていた。もうすぐ…もうすぐ…
「父さん“8”になったよ!」
父さんは、ゆっくりフタを開けた。僕は、立ち昇るすごい湯気にビックリしながら、それと同時に良い匂いを吸い込んだ。

「ただいま〜」
「あっ、母さんおかえり」
「あら〜良い匂い! 何作っていたの?」
「日本版! ラタトゥイユだよ!」

父さんと僕は誇らしげに言った。


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