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ベビーミニー

小さなぬいぐるみを持って写真に写る娘がそこにいる。
今日は娘の成人式だ。

ここまで来るのにいろいろなことがあった。夫婦の性格の不一致で離婚した。娘に対しては申し訳ないと思っている。
もうダメだと思った時、このベビーミニーを持って家を出た。
小さな手は小さなぬいぐるみを抱いていた。まるで同志を一緒に連れていくかのように。
母親の後を小走りになってついて行く娘は、口を真一文字に結び何も話さなかった。いつもは、おしゃべりな娘なのにこの時は静かだった。

どこへ行くのにも、何をするのにもベビーミニーはいつも一緒だった。だから、少し汚れてしまっている。
洗濯してきれいにしてあげようと思った。眩しい太陽の下、洗濯バサミで吊るされたベビーミニーを見て小さな娘は言った。
「ミニーちゃんきれいになったね。お腹もきれいになったかなぁ」
娘の言うお腹とは心のことだった。私はその言葉にドキリとした。
「お腹が痛いと元気もなくなっちゃうもんね。ミニーちゃんのお腹もきれいに洗ってあげたから、元気になるよ!」
「うん!」
ベビーミニーに向けての言葉は本当は、自分に向けての言葉だった。娘もベビーミニーを介して私のことを心配してくれているのだ。
小さな娘が小さなぬいぐるみを抱く。心の拠り所…心の支え…


時は経ち娘が高校生になった時のこと。
生意気な口を利くようになり、私もだんだんと更年期の症状に苦しい思いをするようになってきた。
どちらも何に対してのイライラなのか、負の無限ループにハマっていった。

ある時、娘が夜10時過ぎに帰って来た時のことだった。
「塾でもないのになんでこんなに遅いの!」
「いいじゃん、私だってやりたいことがあるんだから」
私は娘の部屋まで押しかけ、何をしているのか問いただそうとした。娘は反抗するばかりで答えようとしない。そればかりかそこにあるもの一切合切投げつけてくる。
自分は何をしているのだろう…情けない気持ちが込み上げてくる。

やり合った後で投げつけてきたものを片付けていると、腕の部分がちぎれた状態のベビーミニーがあった。
心が折れそうになった。支えである象徴のベビーミニーが傷ついている。涙を流しながら繕う。

すると背後から「ごめん」の一言。繕ったベビーミニーを娘に手渡し、「いいよ」と私。
心が冷静になって娘は口を開いた。
「もうすぐ、お母さんの誕生日でしょ。それでバイトして誕生日プレゼント買おうと思ってさ」
私はこんな優しい娘を叱りつけてばかりだったことを反省した。

言葉にならない思いを聞いてきたベビーミニー。
娘の成長、娘を思う母親の成長。両方を見ている。
これからも、私たちの成長を見届けてほしい。

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