この星の君を探して【1.Lupus Agent】(前編)
エージェントとは、代行人だ。誰かの代わりに役目を担い、遂行する。
誰もが出来ることではない、しかし誰かがやらなければならない。それはスポーツ選手の代わりに契約交渉をしてくれる人のことだったり、客の代わりに旅行の手配をしてくれる会社だったり、人の代わりに数学的な部分の仕事をしてくれるソフトウェアのことだったり。
国のために秘密裏で活動するスパイのことだったり。
彼らは自身の能力を活かして誰かの代わりを務めるプロフェッショナルだ。自身の力を大いに振るい、依頼主に貢献する存在である。
しかし悲しいことに、彼らが自由を得られることは無い。失敗は許されず、たかだか部品として一生扱われていく。
エージェントとは、デク人形だ。
Curiosity killed the cat.
この言葉は古より存在することわざというものらしい。その意味は諸説あると言われているが、直訳すれば『好奇心は猫を殺す』だ。
道端を歩いていれば出くわすこともあるだろう猫だが、その猫が死ぬ瞬間に立ち会うことはなかなか無い。そのことからか、猫はタフでなかなか死なないとさえ言われている。
ではその猫を殺してしまうものは何か。つまりは好奇心だ。
その猫は今、ある一点を見つめている。
暗い路地裏。そこは有象無象の機械パーツが不法投棄された小汚い場所だ。人っ子一人いないようなその場所に、人の声がいくつか聞こえてくる。
「お前たちか、うちらの島を嗅ぎまわってるって奴らは」
それは一人の女性の声だ。低く落ち着いた声で、相手を威圧するかのように淡々と語る。
「入星時の名前詐称、理由のない長期滞在しばらく見張らせてもらったが、お前たちにはスパイの容疑が掛けられている」
「■■■■■■■■」
「■■■■■■■■■■■■」
一方相手はというと、およそ日本語とは思えない発音の言葉のようなものを発している。
緑色の髪が月光に照らされて、異様な輝きを見せている。
しかしそれ以外はまるで人間と変わらないような生物が二体。
「何言ってんのかわかんねぇよ、うちの星の言葉憶えてから来いってんだ」
それが宇宙人という存在であることは、この時代の人ならだれでも知っている常識だ。そして宇宙人という言葉が死語であり、今は異星人という呼び方が主流であることも。
「さっきから何度も言ってるがな、抵抗しなければこうして銃を突き付けて追い詰めるようなことはしないんだよ」
そう言って彼女は手のひら大の銃を異星人二人に突き付ける。彼らにもそれが自身へ害を加えるものであると理解しているのか、あからさまにうろたえているのがわかる。しかし彼らはそれでも大人しく捕まる気がないようで、その場から逃げ出そうとする。
「抵抗するなって言ってんのに……仕方ない、この星の言葉を憶えてこなかったお前たちが悪いんだ」
そう言うとやがて彼女はゆっくり照準を合わせる。
路地裏には二つの銃声が響き渡った。
後片付けをしていると、不意に脳内へ『コール』が掛かる。音のような、しかし音ではないその信号は彼女にとって身に覚えのあるものだった。
「(こちら犬神、目標に接触後抵抗したため始末した)」
「(ご苦労。次の任務を通達する為、直ちに帰還せよ)」
低く威圧のある声は脳を揺さぶるかのような響きがある。しかし彼女はそれに臆することなく平然と短く答える。
「(御意)」
そう返せばいつの間にか通信は途切れている。
彼女は足早にこの場を去る。
先ほどまで騒がしかった路地裏には、まるで何事もなかったかのような静けさだけが残っていた。
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