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『ドロケイとケイドロ論争、ゴジラ対ガメラとガメラ対ゴジラ論争』の回

大人になるとシンプルに身体を動かして疲れることが少なくなってくる。代わりに、頭を使ったことによる酸欠みたいな疲れのほうが多くなる。もちろん身体も疲れてはいるのだが、それは子どものころのような運動による健全な疲れではなくて、同じ体勢で作業をし続けたことによる不健全な疲れのように思える。

ということで、たまに今ひたすらに穴を掘ってみたら楽しいだろうなという考えに囚われることがある。別に頭がおかしくなったわけではない。ただただ穴を掘るといった単純作業を繰り返すことによって得られる疲れは、とても健全な疲れのように思えるのだ。穴を掘り終えて家に帰り、疲れた身体をお風呂で癒したあと、風呂上がりにビールを飲む。想像しただけで最高じゃあないか。一日が終わり、布団の中に入ったときには、布団の温かさと心地よい疲れが全身をジワァっと包み込み『ああ、今日も一日、一生懸命働いたなあ』と満たされた気持ちになりながら眠りにつけそうである。ん? 別に働いてはないか。穴掘っただけか。

まあ実際に穴を掘るなんてことはしないが、大人になると穴を掘る以外にも走るなどといった単純な運動は本当にしなくなるなと思う。今さら子どものころにしていた遊びである鬼ごっこやドロケイをするには、自意識が育ち過ぎている。まるで子どものころを懐かしんで失った青春時代を取り戻そうとしているようで、気恥ずかしくなってしまう。ただ、ドロケイってめちゃくちゃ面白かったよな、いまやったら絶対面白いよなとは思うのだが。そんなことを思いながら同時に頭に浮かぶのが、テレビでたまに放送されている「逃走中」という番組。あれこそまさに大人版のドロケイ。逃げ回る範囲も、小学生のころにやっていたドロケイとは比べ物にならないほどスケールアップしている。めっちゃやってみたい。正直、テレビで放送されている番組を見ていて面白いとは全然思わんけど、参加したら絶対に楽しい。自分もショッピングモールで逃げ回ってみたい。

そう思うと、ドロケイって一体誰が持ち込んできた遊びなんだろうか。最初に「ドロケイという遊びをしよう」と言いだしたのは誰だったんだろう。上の学年に兄弟がいる子から脈々と受け継がれてきた遊びなんだろうか。それと同じで、当時はインターネットが発達していなかったのに、ゲームの裏技がちゃんと広まっていたのはどういう仕組みだったんだろうか。ポケモンのバグに、スーパーファミコンのドラゴンボールのブロリーの出し方などなど。これらの全国的な伝承の仕組みがめちゃくちゃ気になってきた。子どもネットワーク、思いの外すごいのかも・・・。


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