フリースタイルテキスト テーマ:デジタルサイネージ

デジタルサイネージの出力は限界に達していた。これ以上のデジタルが人間社会に氾濫してしまえば崩壊は目に見えていた。俺は深い溜め息をつき、デジタル出力型サイネージ4系のマニュアルを、数年前からしまわれっぱなしのバインダーの中から抜き出し、目当てのページを探しながらブレーカー室へと向かった。

サイネージ事業に手を出した頃の社長は精神のバランスが少し不安定で、ツチノコのニュースを血眼になってスクラップしていた。彼の秘書の朝の仕事は新聞5紙と、週ごとに異なるスポーツ新聞に目を通し、ツチノコの記事がないか確かめることだった。スポーツ紙からはたまに収穫があったようだが、日経や朝日にツチノコが載ることはほぼなかった。俺がその秘書に初めて会ったのは会社の忘年会で、彼女は飲み会の最中ずっとツチノコなど存在するわけがないと、くだを巻いていた。俺は彼女のツチノコの話を親身になって聞いた。しかしそうして気炎を吐いていた彼女も、ベッドの上では「私ツチノコ見つけることなんてできないよ」などと言い出し、涙なんかを一筋流したりし始める。

「私このままでいいのかな」
「このままっていうのは?」
「ツチノコを探す仕事で成果を上げれてない状態、ってこと」
「そのうち見つかるかもしれないよ」
「探してるからこそこのままじゃ見つからないってわかるの」
「別に見つからなくてもいいんじゃない?」
「でもそれじゃ何も成し遂げられないじゃん」
「給料もらえてるんだったらよくない?」
「じゃああんたお金上げるから代わりに探してよ」
「でも俺は秘書じゃないし」
「関係ないから適当言ってるんでしょ」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「ちょっとこっちは真剣なんだよ」
「俺はそこまで真剣じゃないよね」

彼女は涙を拭うと、俺の腕から手を引き剥がし、もういいよと吐き捨て、こちらに背を向けて寝てしまった。

ツチノコねえ、そんなもん探せとか言われたら社長だけじゃなくて俺まで気狂いになっちゃうよな。俺は5人は寝れそうなベッドから起き上がるとハイライトに火をつけて大きく呑吐した。やれやれ。まあでも、精神がアレでも薬飲んで経営できてるんだし、ツチノコ探しも介護とかの一種だと割り切って、取り組んでみたらいいんじゃないの、見つからないにしてもさ、って寝てるか。
「まあ俺はやんないけどね」
彼女の寝息は規則的だった。

その一夜のしばらく後、彼女は新聞で情報をキャッチするだけじゃ不十分だと社長に直談判し始めた。周りが、秘書まで気が触れちゃったよ、などと遠巻きに見ているうちに、予算数億円のツチノコ捕獲プロジェクトにデパスでぶっ飛んだ社長の判を押させ、経理や人事なんかも社長命令を振りかざし、着々と進めていった。そんなある日ついに社内一斉通知メールでツチノコ捕獲プロジェクトの案内が届き、バカじゃねえのかと思って中を見ると、派遣調査班の中に俺の名前もリストされている。他の連中は、お荷物、窓際、日陰者。頼んだ仕事を絶対に上げず、始業から終業までを静かに過ごす無能集団だった。おいおい、なんで俺がツチノコなんか探しに行かなきゃならないんだと、ツチノコ調査決起集会で声を荒らげると、彼女はこう言った。
「お金はあげるんだからいいじゃん」

彼女はサイネージの光がツチノコを集めるという根も葉もない言説をもっともらしいパワーポイントと数百ページに渡る資料にしたため、読むのもうんざりした役職者は目も通さずにそれを許可した。
「うちの部署の在庫のサイネージ使ってくれるんならそれでいいよ」
需要と供給、販売者と顧客、ビジネスの基礎が徹底され、大量のキャッシュが動くこのプロジェクトに、非の打ち所はない。全く意味がないということを除けば。

俺はブレーカー室でいくつかのスイッチを切る。このスイッチがどういう機能を切断したのか、マニュアルを読んでもさっぱり理解できなかった。もうどうせ手遅れだしさ。こっちだってテキトーにやらせてもらうさ。なにより、お前たちがやれって言ったんだからな。
俺は報告のための写真を撮りに、デジタル防護服を身にまとい、サイネージ基地局から外界に足を踏み出した。

毎度どうも