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フローズン・オイル

西部開拓時代、アメリカ。ゴールドラッシュの終焉に見切りをつけた一団はさらに西へーーアラスカへ向かった。大西洋を北に進んだ一団をまず襲ったのはデナリから吹き付ける厳しい寒気だった。数フィート先も見えない地吹雪と吐く息も凍る夜の放射冷却によって、上陸すらままならなかった。一団は気づいた。オーバーオールではアラスカを開拓できないと。 白羽の矢が立ったのがフィルソン社だった。創業者のクリントン・フィルソンはアラスカ開拓団の要望に答え、頑丈なウールでできたハンティングジャケットの密度

    • 超絶戦隊スーパーレンジャー

      「とうとう追い詰めたぞ!ワルサワ組長!」 スーパーレンジャーの拳が唸る!悪党たちは宙を舞う!事務所の隅に追いやられた組長は、それでもなお見苦しく抵抗する! 「クッ!何だってんだ!ただの土木事務所で暴れやがって!お前ら一体誰なんだ!」 「燃える炎は正義の証!スーパーレッド!」 「クールな知能で全てを解き明かす!スーパーブルー!」 「オッス!元ラグビー部ッス!スーパーイエロー!」 「母なる大地の命を守り抜く!スーパーグリーン!」 「美しいバラにはトゲがある!スーパー

      • くすりをたくさん

        昼下がりのコーヒー・チェーンは賑わっていた。フランチャイズ店特有のフレンドリーな雰囲気が隅々まで充満し、客は残らずハイになっていた。 俺は指定された時間に、指定された席で、指定されたコーヒーを、指定された回数傾けた。ホットコーヒーは苦手なんだけどな。 程なくして、昼下がりのコーヒー・チェーンには全く場違いな図体の男が現れ、俺の隣に座った。飴色のカウンターと華奢な丸椅子の間に肥えた体を押し込める。悲しいほど色あせたジーンズは、彼の尻が少し動けば真っ二つに破けてしまうだろう。

        • パープルヘイズ

          ポートランド国際空港は夕暮れに近かった。砂糖菓子を思わせるチープな機体が着陸すると、シートが派手に揺れた。チャーリーは普段は陸路を好んだが、今回のように既に飛行機が手配されていれば、仕方なくそれに従った。もちろん彼も、地上を離れて踏ん張りどころがなくなる一瞬の恐怖を、我慢できないわけではない。 搭乗口を抜け、ロータリーに着くと、彼女は既にそこにいた。 「チャーリー様ですね。お待ちしておりました。UNSAのジョディと申します」 「どうも、ジョディ。ご足労で。ポートランドには年

        フローズン・オイル

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        記事

          本当の探偵は姿を現さない

          私の事務所には一日に数人が訪れるが、その誰もが幸せそうな顔をしていない。 もっとも、探偵事務所に笑顔で訪れる者は少ない。出ていく時となれば、その数はほとんどゼロに近い。 ところがその日の依頼人は様子が違った。 喪服の若い女で、上客を相手にするような笑みを絶やさなかった。左手の薬指には質素な指輪があった。彼女は携えたハンドバックから紙幣の束を5つ出し、とびきりの笑顔で私にこう言った。 「早急に夫を探し出してほしいのです。これは前金です。夫と引き換えに、残り半分を差し上げます」

          本当の探偵は姿を現さない

          死に場所を求めてキャンプしてるんだろうが

          死に場所を求めてキャンプするんだよ。飯なんか上手く炊こうとするなよ。 野垂れ死ぬためにキャンプするんだよ。幕営なんかテキトーでいいんだよ。 とにかく火を焚けよ。火を焚かねえと始まらねえよ。バーナーみたいなチンケな火じゃ全然ダメだよ。生きてる大地のエネルギーをその場で燃やさなきゃなんねえんだよ。まず倒れてから1年以上経ってそうな木を拾ってくるんだよ。立ち枯れしてる木でもいいよ。とにかく乾いた木を拾ってくるんだよ。そんで落ち葉に火をつけるんだよ。ライターでもマッチでもいいよ。そ

          死に場所を求めてキャンプしてるんだろうが

          アメリカで毎日マリファナを吸っていました

          電気グルーヴのピエール瀧が逮捕されたというニュースはアメリカで読んだ。ポートランドの小さなホステルで朝食のベーグルを食べながらツイッターを見ていたら「ピエール瀧氏、コカイン使用容疑で逮捕」と流れてきた。 まあ、テクノの人だし、しょうがないんじゃない?きっと依存してたんだろうし、メディアの露出が増えてきたあたりで治療受けておくべきだったね、などと思いながらコーヒーを飲む。マグカップを返却し、ジャケットを羽織って、近所の公園まで散歩し、マリファナを吸い、さて今日は何をしようかな

          アメリカで毎日マリファナを吸っていました

          スッチー

          俺はいくつかの写真と商品紹介のテキストをシオリに送る。We Chatの小さい入力画面を睨んでいた目は疲れている。遠近感の狂った頭を抱えつつ、コーヒーを淹れにキッチンへ向かう。 コーヒーが冷めきってしまってもシオリからの返事はなかった。きっとフライト中なのだろう。地上では彼女の返信は早い。俺はiPhoneを机の上に置いてベッドに潜り込む。 一月ほど前、リサイクルショップでのことだ。俺は袖のリブが裂けてしまったパーカーに代わる服を探していた。腕を上下するたびにリブがあちらこち

          スッチー

          寿司屋の上座・下座について

          お酒の席には上座・下座がある。上下関係の強いコミュニティに属していたら、大学生くらいで身に付けるものだろうか。 基本的に立場が上の人は入り口や通路から奥の席に座る。奥の席は上座となり、ただじっとしているだけで酒や食事が運ばれてくる。 一方通路に近い席には立場が下のものが座り、注文なんかを任される。こちらは下座となり、人や料理が飛び交うことになる。下座はなかなか忙しく落ち着けない。 一般的に、奥の上座には偉い人が座ってゆっくり酒を飲み、下っ端は手前の下座でせわしなく働く、

          寿司屋の上座・下座について

          フリースタイルテキスト テーマ:デジタルサイネージ

          デジタルサイネージの出力は限界に達していた。これ以上のデジタルが人間社会に氾濫してしまえば崩壊は目に見えていた。俺は深い溜め息をつき、デジタル出力型サイネージ4系のマニュアルを、数年前からしまわれっぱなしのバインダーの中から抜き出し、目当てのページを探しながらブレーカー室へと向かった。 サイネージ事業に手を出した頃の社長は精神のバランスが少し不安定で、ツチノコのニュースを血眼になってスクラップしていた。彼の秘書の朝の仕事は新聞5紙と、週ごとに異なるスポーツ新聞に目を通し、ツ

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          フェイド・トゥ・ホワイト 2/6

          ㈱ホワイト清掃昼の社員食堂は混んでいた。 私は、まだスーツを着慣れていない新入社員が陣取っている、明るい窓際の席に向かっていく。 入社して半年がたった今でも、今年の同期はきまってこの位置でランチを取っていた。 「あ、ノルコ、きたきた。おそいよ〜」 他のみんなは既に思い思いの昼食に箸をつけている。 「ごめんごめん、ちょっとなかなか抜けれなくて」 私は朝コンビニで買ったジュースをカバンから取り出す。朝食にしようと思っていたが、結局そのまま手を付けれなかった。 「…なにそれ。野菜

          フェイド・トゥ・ホワイト 2/6

          住所不定探偵5/5

          警察は俺を容疑者から外し、サミーズバーガーの内部調査を初めた。 警官の中にはサミーズバーガーの息がかかっていない者も多く、覚醒剤と拳銃を無邪気に押収した。 モナミは他殺と断定された。主犯は店長とされたが、彼は今後昏睡状態から起き上がることはないだろう。だから実質迷宮入りだ。 警察は俺を恨んでいた。無理もない。搾取構造がスムーズに運営できていたのに、それを部外者がかき回したのだから。日々の業務だって増えて、ネズミ取りでぼんやりする時間も減ってしまうのだろう。 「お前みた

          住所不定探偵5/5

          住所不定探偵 4/5

          梅田まで俺が薄い毛布から起き上がるとテルコは既に家にはいなかった。俺はテレビを付け、顔を洗ったり冷蔵庫にあったヨーグルトを食べたりしていると、くすねてきた店長のケータイに着信があった。〈サミーズ日本支社 染屋崎〉からだった。 「お疲れ様です。染屋崎です。今しがた警察から連絡があって…久保田さん?久保田店長ですよね?」 俺が黙っていると染屋崎という社員の男は話を切り上げてしまった。久保田は店長の名前だ。 「もしもし、すいません。こちら176号線店でアルバイトをしている佐藤

          住所不定探偵 4/5

          住所不定探偵 3/5

          サミーズバーガー 176号線店俺がサミーズのバックヤードに入るとそこにテルコがいた。 「与兵衛さんどこでケガしたんですかそれ!」 テルコは俺を見るなり大声を出し、俺が「階段で転んで…」などと言うのも聞かず、重そうなハンドバッグから消毒液、真綿、ピンセット、はさみ、ガーゼ、テープ、絆創膏を取り出し、手当てを始めた。テルコは俺の腫れ上がったまぶたを押さえながら言う。 「モナミのこと、聞きました。いきなりですよね。昨日まで普通にいたのに」 俺が黙っていると彼女は涙ぐみ、一方的に

          住所不定探偵 3/5

          住所不定探偵 2/5

          警察署「じゃあまずは…名前聞いてもいい?」 「はい、佐藤与兵衛です」 「与兵衛くんね。お仕事は?」 「176号線沿いのサミーズバーガーってところで働いています」 「アルバイト?正社員?」 「アルバイトです」 「君、何歳?」 「28です」 「ふうん、そっか、僕より年上なんだ。で、被害者のモナミさんとはどういう関係だったの?」 「バイト先の同僚でした」 「モナミさんもバイトだったんだね。それだけ?友達とかじゃなくて?」 「まあ、普通に話とかはしますけど、それだけですね」 「ほんと

          住所不定探偵 2/5

          はま寿司

          久しぶりにはま寿司に寄ったらペッパー君が増えていた。 受付のペッパー君だけでなく、席までの案内もペッパー君、レーンに乗らないサイドメニューを運ぶのもペッパー君、皿を数えるのもペッパー君、レジもペッパー君。 残された人間味はタッチパネルの有名声優くらいになっていた。 まあ、チェーン店の接客なんて実際そんなものなのかもしれない。会話したりするわけでもないし、定員を目当てに行くわけでもない。客だって小さなことでクレームを入れたり、下手したら暴れたりする。相手がロボットとなれば怒

          はま寿司