住所不定探偵 2/5

警察署

「じゃあまずは…名前聞いてもいい?」
「はい、佐藤与兵衛です」
「与兵衛くんね。お仕事は?」
「176号線沿いのサミーズバーガーってところで働いています」
「アルバイト?正社員?」
「アルバイトです」
「君、何歳?」
「28です」
「ふうん、そっか、僕より年上なんだ。で、被害者のモナミさんとはどういう関係だったの?」
「バイト先の同僚でした」
「モナミさんもバイトだったんだね。それだけ?友達とかじゃなくて?」
「まあ、普通に話とかはしますけど、それだけですね」
「ほんとに?恋人同士とかじゃない?」
「ちがいます」
「セックスとかしてないよね?」
「セックスは一年くらい前に一回だけしました」

そこで警官は机を思い切り叩き、立ち上がる。

「オイ!舐めとんのかワレ!こっちは忙しいねん!お前みたいなクソフリーター相手にまどろっこしい質問しとる暇ないんやボケ!さっさと白状せえや!」

取調室の電球が揺れる。狭い室内にホコリが舞う。

「28にもなってクソみたいな仕事しとるんやからはよ逮捕されて被害者にワビ入れろや!お前みたいなやつは生きてるだけで迷惑やねん!なんで通報した電話で自首せんかったんや!ほんまアホやのう!」

警官は机に足をかけ対面に座った俺の首を掴む。

「どうなんや?お前がやったんやろ?お前みたいな住所も生きてる価値もないやつが人様殺してなに黙っとんねん!はよ白状せえ!」

警官は俺を突き飛ばす。俺は椅子から転げ落ちてホコリまみれの床を少し引きずる。警官は俺の襟を掴んで無理やり立たせ、おおきく振りかぶってビンタを叩き込む。俺はまたホコリだらけの床に頭を擦り付ける。

「どうしたんや。さっきまであんだけ威勢よかったんは。痛い目見んとわからんのやからやっぱりアホちゃうか」

警官は再び俺を立たせる。「お前がやったんやろ?」俺はツバを垂らす。赤い。やっぱ切れてるな。「なんとか言えや!」もう一発ビンタを食らう。三度床を間近で見ると、さっき俺がいたところのホコリがきれいになっていた。

俺は椅子を杖代わりにして起き、そのまま座り込んだ。

「何座っとんねん!クソに座る権利なんかないど!」

警官は俺の髪の毛を掴み、椅子を蹴飛ばす。髪の毛が束で抜けたような気がした。

「いいか、鑑識が終わるまでそこ立っとれ、クズが行くとこなんか牢屋以外にないねんからな」

警官はそう言って机に戻ると、書類に何かを書き出した。目が腫れているおかげで彼が何を書いているかはわからなかった。


淀川

警察から開放されたのは夕方になってからだった。証拠不十分ということで一旦釈放されるとのことだった。

裸のモナミの死因はロープでの窒息ということで、殺人か自殺かまだ断定はできないと、警官は話をしていた。それでも一番の容疑者は、被害者の自宅ベランダに潜む、住所不定のアルバイト男性、つまり俺だ。不可解な点は一つだけ。モナミから大量の覚醒剤が検出されたことだった。

警察署を出る頃には夕方になっていた。俺はそのへんのコンビニに寄り、パーカーの袖を濡らして顔を拭いた。うがいをすると水はいつまでも赤く染まった。そのままあたりめを一袋とワンカップ大関を4本買い、淀川まで歩き、ベンチに腰を下ろした。
淀川に来るのは久しぶりだった。ワンカップ大関は傷口にしみた。

もう随分前のことだから記憶もあやふやだったし、その確証もなかったが、神は来た。

俺がワンカップ大関を舐めるように飲みながら夕日を眺めていると、白髪長髪の老人がどこからともなく現れ、俺の隣に座る。久しぶりに見たが神はあのころのままだった。俺は神をちらりとみて「お久しぶりっす」と声を掛けるが神は反応しない。神はベンチに置いていたワンカップ大関をまず一本一気に飲み干し、大きく嘆息すると、二本目を手に取り、俺と同じくチビチビやりだした。
淀川の上流に日が落ちそうになる頃、神はワンカップ大関の瓶を一滴残らず飲み干し、おもむろに立ち上がった。

「お前の本来の寝床の、一つ隣にゆけ」

そう言って神は三本目のワンカップ大関を泥だらけのジャケットにしまい、ふらつく足でどこかに行ってしまった。俺は半分ほど残ったワンカップ大関を完全に日が暮れるまで舐めた後、残りをそのへんの草むらに捨て、バイト先に向かって歩き出した。

【続く】

毎度どうも