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断髪小説『エスカレート』
あらすじ
前髪を切り過ぎてから始まった、髪を短くすることにハマっていく女性のお話。
小説情報
文字数 :7,765文字
断髪レベル:★★★★☆
キーワード:オン眉、おかっぱ、社会人カップル
項目の詳細はこちらをご覧下さい。
本文
――鬱陶しいなぁ。前髪切ろ
前髪が目にかかって気になった。最近は無意識に前髪をかきあげる仕草しているし、パソコンで作業するときはピンで留めていた。洗面台の鏡で自分の顔を覗き込む。
――やっぱり長いよね
前髪を前に下ろすと、完全に目を覆っていた。
前髪を切るために美容院に行くのも面倒なので、自分で切ろうと引き出しからハサミと櫛を取り出す。
前髪を櫛でとかし、指で挟んで、ジョキンと切った。長く残った前髪も同じように指で挟んでハサミで切る。数回繰り返すと前髪が眉くらいになっていた。
――あ、右の方が短い
直接、左側の前髪にハサミを当て少しずつ切ると、今度は逆に右側が少し長くなる。右側の前髪を切っていく。なかなかキレイに揃わず、繰り返していくうちに、やっと眉の上くらいで揃えられた。
――しまった、切り過ぎだ……。やっちゃったなぁ
眉より上の前髪は小学生以来だった。前髪を手櫛で何度も触るが、前髪が伸びることはない。
――どうしよう……、これ
鏡に映る自分はいつもより顔が大きくみえる気がして、あまり可愛くなかった。
短くしてしまった前髪が恥ずかしくて、早く伸びてほしいと思いながらも、何故かもっと切ってみたい気がしたのは、よく分からなかった。
◇
キッチンで夕飯の準備をしていると玄関からガチャガチャと扉が開く音がした。合鍵を渡している彼氏の亮平だろう。
玄関に向かうと亮平が背負っていた大きなリュックを床に下ろしていた。彼は数週間前と変わらず、ハンチング型の帽子を被り、長い少し癖のある髪を無造作に後ろで束ねていた。
「おかえり。今回は長かったのね」
「ただいま。あぁ北海道に籠っていたからな」
彼は風景をメインとするフリーのカメラマンらしい。全国各地を飛び回っていて、この家に顔を出すのは月に数回あるかどうかだ。ひどい時は数ヶ月くらい顔を見ないこともザラにある。
「あれ?梢、なんか前髪短い」
「さっき自分で切ったら、失敗しちゃって……。変だよね」
恥ずかしくて、思わず前髪を手で覆う。
「ふぅん。顔がはっきり見えていいんじゃないか」
「そ、そうかなぁ」
彼は二日ほど滞在し、また仕事へと出ていった。
◇
それから一ヶ月くらい経つと、髪が伸びてきて、少し重く感じてきた。美容院へ電話すると、運良く今日は空いていたので、そのまま向かうことにした。
美容院の待合で、置いてあった雑誌を眺めながら順番を待っていると、夏のショート特集という文字が目に止まった。
――へぇ、ショートが流行ってるのか
雑誌に載っているショートヘアのモデルを眺めていると、程なく「お待たせしました。」と呼ばれカット台に案内された。
「四ヶ月ぶりくらいですねー。伸びましたね」
いつもと同じ女性の美容師だ。年齢は自分と同じか少し上くらいじゃないかと思う。
「えぇ。さすがに重くなってきた気がして」
「そうですねぇ。いつもみたいに肩くらいのボブにします?それとも短くしてみます?最近多いんですよ。短くするお客さん」
――短くする?
魅力的な言葉に聞こえた。いつも髪を伸ばすのも、新たな髪型を考えるのも面倒で無難に肩のボブにしていた。さっき見た雑誌でも気にはなっていた。
「たまには短くするのもいいですね」
「ほんとですか?でしたらここくらいのショートボブとかどうです?」
美容師の指が顎くらいを示していた。いきなりショートヘアにするのは勇気がいったが、ボブの延長のショートボブならいくらか抵抗感はなかった。
「いいですね。そうします」
「わかりました」
トントン拍子に話が進んだ。短くなると思ったら不思議とワクワクしてきた。
シャキンシャキンとあっという間に髪が切られて、顎くらいのショートボブになっていった。今は前髪を櫛でとかしてくる。
「あれ? 前髪自分で切ってたんですね?」
「え? わかるんですか?」
「えぇ、まあ。前髪すぐ伸びますもんね。いつものように眉くらいにします?オン眉でも可愛いと思いますよ」
自分で前髪を短くしたときは可愛くなかったが、プロに任せれば可愛くできるかもしれない。
――彼の反応も悪くなかったし
「短くしてください」
「わかりました。珍しくイメチェンですね」
眉の上にハサミがあたりシャキシャキ切られていく。目を開けると眉がすっかり見えていた。
「このくらいでどうです?個人的にはもう少し短くてもいいと思います」
美容師は首を傾げながら、前髪を手で調整している。自分で切った時と同じくらいの長さだろう。全体のバランスがいいのか、変な感じではなかった。
「それじゃあ、お勧めで」
「では切っちゃいましょう」
額の真ん中くらいでシャキシャキ切られていった。目を開けると視界に前髪が入らない。
「パッツン可愛いですよね。これで乾かしていきますね」
ドライヤーでしっかり乾かし、ハサミで細かい調整をしていく。「ちょっと待ってて下さいね。」と言って、店の奥から何か道具を持って戻ってきた。
「失礼しますね」
ジーと音がして首筋のあたりに当てている。くすぐったくて肩をすくめそうになる。
「産毛がちょっと多そうなので、たまに処理するといいかもです。ホームセンターにカミソリとかトリマーとか売ってますので」
入念に首筋に当てられる。うなじだけでなく、襟足の方に上がってきて時折ジョリ、ジョリと音がしていた。
「こんな感じでどうですか?」と合わせ鏡をして見せてくれた。前髪が額の真ん中くらいでパツンと切られ、後ろは首筋がすっかり見える位置でスパッと真っ直ぐに切り揃えられていた。
短い前髪に目が向くが、違和感はなく、ホッとした。
「ありがとうございました」という美容師さんの声を背に、店を後にした。
◇
歩きながら、短くなった髪や首筋を思わず手で触ってしまう。
――ここまで短いのは初めてだな。しばらく髪は結べないな
襟足を触っていると、時折チリっとする極めて短い髪があることに気がついた。うなじの産毛を処理したときに、少し刈られたのだろう。
――これが広かったら刈り上げだよね
そんな事を考えるとゾクっとしたものが背中を伝った。そして触る感触が新鮮で、うなじから手を離せなかった。
美容師がトリマーを使うといいと言っていたので、帰り道の途中にあるショッピングセンターへ買い物ついでに立ち寄ることにした。
家電製品を取り扱っているフロアでこれかなと、商品を手に取り見ていると、すぐ横に置いてあるバリカンが目に入った。
――さっきはバリカンを使ってたよね? こっちにしようかな
トリマーより使い道がありそうな気がして、バリカンを購入することにした。ついでにスーパーでの買い物を済ませて、帰路に着いた。
家に帰り、早速中身を見ようと箱を開けると、アタッチメント数個とバリカン本体が入っていた。本体をコンセントに繋ぎ電源を入れるとビィーンと音と立てて動き出した。
――わっ、おっきな音。適当に買ったけど結構本格的ね
手に持ったバリカンは、想像より重かった。
◇
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