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足りないものを満たすために。性感の話も。

足りないものを満たすために、外に手を伸ばす人がいる。
自分にとって何が足りないのか、それをどうしたら満たせるのか。

出会い系サイトで文字を書いているのだけれど、なんとなくその雰囲気感が「合わない」と明確に感じるようになってきた。
人間、色々あっていい。
どんな幸せの形でもいい。

他人の人間関係、不倫、婚外関係なんて、どういう形でも良いんだけれど、不足するものを満たすために他人を巻き込む、という行為を、きっと自分がずっと取って来ていたから、一種の同族嫌悪としてなんとなく「うーん」という思いで眺めてしまう。

きっと、本当は、自分の心の奥底にある。
自分の心を満たしてあげれば、他人をそういう感じに巻き込む必要なんて、ないと思うんだけど。

最近、性感というものは、やっぱり大事だと思えて仕方がない。
自分の内側に身を捩るような快楽を見つけることができると、多幸感で、それを他人にもおすそ分けしたくなっちゃう。

幸せは「感じる」ためのもの。
自分の性器で幸せを感じることができるって、それもとてつもない量の幸せを感じられるって、すごくない…?

性感で幸せを受け取ることが上手になってくると、日常の生活でも幸せは増えてきて、世界は官能的になる。
私は、この過程を自分自身で進める必要がある、と感じる。
他人に「気持ちよくしてもらう」は、他者依存であり、自分の足で進められることに意味があると思うから。

自分自身を自分で満たすという行為に、本当に価値があると思うから。

だなんて、ここのところ「こんな感覚ってあるの…?」と驚いた私がしゃっべってみます。
体の内側は柔らかいんだよ。
硬かったけど、私はずっと解してきたからね。

柔らかい感性は、柔らかい人生を生む。
自分が変わることで、世界が変わり、もしかしたら他者の人生も変わるのかもしれない。


この数週間、いわゆる男性性的・現代的にゴリゴリと頑張ってダウンした私は、やっぱりそういう風には生きられないんだなあと確信しました(笑)

柔らかくなろう。
私はきもちいいことがすきだよ。
べつに、これでいいよね。

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