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林檎の妖精 #26 ~ #30

(私は、現実世界に存在する生き物ではありません・・・人がこの世に生を受ける前に出会う、想像上の生命体なのです。)

「え?想像上の・・・生命体?」

(人は寝ている時に毎回夢を見ています。大人も子供も・・・もちろん産まれてくる前の胎児も。)

「胎児も夢を見ているんですか!?」

(もちろんです)

「でも、夢って経験とか記憶の寄せ集めだって聞いたことがありますよ?」

(確かにそれも夢になりえますが、胎児も非常に抽象的な夢を見ています。その中で唯一具体的に見るのが、私の姿なのです。)

「そ、そうだったんですか・・・。」

(人は誕生の瞬間に、光や音や臭いなど外部からの強い刺激によって私のことを忘れてしまいます・・・あなたも覚えていなかったでしょう?)

「え、ちょっと待ってください・・・確かに私は覚えていません。でも、琴はあなたのことを覚えていましたよ?」

(私もあの子に名前を呼ばれた時に、本当に驚きました・・・でも、嬉しかった。あの子が授かった特殊な才能なのかもしれません。大事にしてあげてください。)

「・・・分かりました。」

「お父さ~ん!これ見て~!凄いキレイなお花だよ!!!」

琴が両手いっぱいに花を抱えて走ってきた。

その時だった。
物凄い音とともに、辺りが大きく揺れた。

「え、地震ですか!?」

琴はその場に花をおいて、私に抱きついてきた。

(いえ、違います・・・そろそろ、時間のようですね。)

「え?時間って?」

辺りがまた大きく揺れた、そして次の瞬間空に亀裂が走った。
あまりの突然な出来事に言葉が出てこない。

(もうすぐこの世界は終わりを迎えます。じきに列車がここに来ますので、あなた達はそれに乗って元の世界に戻って下さい。)

「ちょっと待ってください!あなたは!?」

(我々は、こちら側にいるべき生命体・・・ここでお別れです。)

「やだ!!!!」

突然、琴が大きな声をあげた。

「やっと会えたんだよ!?もっともっと、お話しがしたい!!」

眼からポロポロと大粒の涙が出てきている。

その時、辺りが大きな光に包まれた。
前にも経験したことのある、この眩しい光・・・後ろを振り向くと、あの列車が既に停まっていた。

(さぁ、早く乗ってください!)

「・・・。」

(早く!!)

私は、琴を抱き上げた。
列車に向かって歩き出す。

「待って!お花を持っていきたい!!」

仕方なく、さっき琴が花を置いたところに戻った。
いくつかの花を拾って、再び列車に向かって走り出した。

列車に乗り込むと、後ろを振り返った。
イシキュアマナムがこちらを見て微笑んでいる。
横には同じ顔の小さい子もいる。

「ほら、ちゃんとバイバイしないと。」

琴は覗くように見ているが、ぐしゃぐしゃに泣いてしまい喋れない状態だった。

私も辛い。本当はもっと長い時間、一緒にいさせてあげたかった。
またいつか会える・・・そう思いたいが、心のどこかで多分もう会えないような気がしていた。

あの小さい子が手を振っている。
琴も、一生懸命それに応える。

汽笛が鳴った。1回・・・2回。
ドアが閉まり、ゆっくりと走り始めた。

席に座ると、琴はまだ少し泣いている。

窓の外を見ると、周りの景色にどんどん亀裂が入り崩れ始めている。
これが、この世界の終わりか・・・。

琴は、少しずつだが落ち着きを取り戻してきた。

「お花、ちゃんと持っててね。お母さんにあげるんでしょ?」

「うん。」

(・・・何か元気を取り戻す方法は。)

向こうに置いてきた妻達は、私たちが急にいなくなって不安になっていないだろうか。
そもそも、どのくらいの時間が経ったのだろう。

(携帯、携帯・・・。)

・・・無い。

(あれ?・・・いや、こっち来てからは出していないから・・・車に置いてきたか?)

カバンの中を一生懸命探していると、見覚えのある一枚の紙が出てきた。

あの時渡された短冊だ。

(・・・あれ?これ、持ってきちゃったんだっけ?)

少しその短冊をボーっと眺めていて、思いついた。
慌ててカバンからペンケースを出すと、中からサインペンを取り出し琴を呼んだ。

「琴、ほらこれ見て!」

琴も短冊とサインペンを見て、笑顔を取り戻した。

「・・・よ・・・う・・・に。」

琴は短冊に願い事を書くと、持っていたお花を一輪私に差し出して。

「お父さん、これ紙に貼りたい。」

「え~、貼るっていっても・・・お父さん、テープ持ってないからなぁ・・・。」

「えぇ~・・・。」

カバンの中を探して、気が付いた。

「あ!琴、あったあった!」

カバンの中から取り出した小説に貼られていたテープをはがし、花を短冊に貼り付けた。

窓を少しだけ開けると、風が勢いよく吹いている。
琴はその窓の隙間から、短冊を外に出した。

短冊は風に乗って、空高く舞い上がった。

「バイバ~イ!!」

琴は短冊に手を振って、ゆっくり窓を閉めた。
満足したのか、ニコニコしている。

「おねがいかなうといいなぁ~」
「そうだね、叶うと良いね。」

列車は青い光のレールを凄いスピードで走り続けた。

琴の誕生日から数日が経った。

あの日、みんなで星空を見に行った・・・ところまでは覚えているんだけど、その後何かあったような気がするが・・・思い出せない。

琴に聞いても、星が奇麗だったことと夕飯が美味しかったことしか言わない。

(何かあったような気がするんだけどなぁ・・・。)

今日はお休みだが天気もあまり良くないので、家の中でお絵描きをして過ごすことにした。
前に買っておいた大きな模造紙を引っ張り出して・・・来たが、何だか枚数が減っているような気がする。

(・・・何かに使ったっけ?)

広げて子供達を呼ぶと、姉妹が飛んできて絵を描き始めた。
それぞれ自由にクレヨンを走らせていく。

さすがに琴は絵らしい絵を描けるようになってきており、こちらが見ていても明らかに何か分かるものを次々描いていく。
次女はまだまだグルグルを線を描いているばかりだ。

(上手くなるもんだなぁ~。)

ふと気が付くと、琴が見慣れないキャラクターを描いていることに気が付いた。

頭はリンゴで出来ており、目がハートになっている人型のキャラクター。
手には四角い物と、お花を一輪持っている。

「琴、これはなに?」と聞いてみた。

「これはねぇ、イシキュアズーだよ。」

<おわり>

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