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田舎の考察 ”住所が短いのは不便か?”

田舎に住んで驚いたことの一つに住所の宛先がある。私も都市部からきた移住組なので、住所は当然「○○市××町なんとか丁目なん番地」みたいなものが普通で過ごしてきた。

ちなみにだが、北海道で多い住所の書き方に「〇条×丁目」とか「〇号×線」というものがある。これは京都の町みたいに町の道路が碁盤の目になって直交しているため。初めて訪れた先でも住所が分かれば迷うことが少なくてとても良い制度だと思っている。

ところが、中心地は道路が何本も交差しているのでそのような書き方になるのだが、周辺部になると目立つ道はだいたいなくなってくるため、住所は途端に簡単になる。いやむしろ難しくもなる。

初めて富良野に住んだ住所には数字が入らなかった。「富良野市字××」で終わっていたので短くて簡単で助かったのだが、これがいろいろとややこしい問題の原因ともなった。

知り合いに住所を伝えると必ず「そのあとの番地は?」と聞かれる。「ない」と答えると「え?ないの?」となり、こんなこんなでと説明すると「へー、そんなとこあるんだ」となる。

もちろん住所の案内などはその一回だけで済むわけなく、別に聞かれるたびに「番地は?」「ないの?」「へ~」を繰り返す必要に迫られ、そのうちこちらから先手を打って「住んでいる場所の住所はここまでで、そのあとの番地はつかないので。番地がない場所なんで」と説明をするようにもなった。

一番困ったのはAmazonなどのネットショッピングの送り先。送り先フォームにはだいたい番地まで記入する必要があり、それがないとエラーで手続きが完了しないことが多々発生した。それを回避するためのmy住所「0番地」を勝手に作り、抜け道をくぐって物資を届けてもらっていた。

今の家は住所ランクがひとつ上がり、それでもまだ番地はついていないが、数字が一つ付属する。度重なる説明も必要なく、もはやAmazonでもまっとうな方法で配達を頼むことができる身分となったのだ。ありがたや。

そんな無番地の住所にも家の戸数が10とか20とかあるが、不思議と配達間違いなどは起きない。地区には決まった宅配業者さんや郵便配達員さんが専属の担当者となるからだ。

すぐに顔なじみとなりとても便利な環境ができている。なにせ不在で受け取りができない時にも、玄関があいてるので置いといてもらえる。

いや?これは便利というよりも不用心なのかも?

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