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喪があけて外で飲む酒異常なし

緊急事態宣言があけてからはじめて行きつけの飲み屋で酒を飲んだ。

おれは入口すぐの席へ座った。扉は開けっ放しにしてくれということなので眼前はすぐ外だ。キリンラガーの瓶ビール、串カツ、まぐろのぶつを頼む。時間が18時を過ぎたころ外はまだじゅうぶんに明るい。店に入ってすぐは少し暑さを感じたのだがそうして座っていると心地よい風が入ってくる。位置的にほぼ外で涼んでいるような状態なのだ。ビールが運ばれてきてすぐに一杯目をぐいっと飲み干す。うまい。店で酒を飲めなくなってどれくらい経つのか、2ヶ月?遠い昔のように感じる。こつんとグラスを置き眼前に見えるのれんがふわっとはためくと次におれの肌を風が撫ぜる。ここはテラス席だと思った。

まぐろのぶつ、続いて串カツが届く。串カツといってもいわゆる関西風の様々な具材を用いる串カツではなく豚肉と玉ねぎを交互に刺したやつだ。一皿に串カツとマカロニサラダとトマトとキャベツが盛られ、脇にからしとタルタルソースが添えられている。うれしく思う。卓上のウスターソースをやや多めにかける。串カツをほおばると揚げたての油脂の香りと歯応えのある無名の豚肉と加熱されてとろみのある玉ねぎが渾然一体となる。うまいうまいうまいこれだこれだ。おいしい。酒がすすんで赤ら顔になって体温が上がるころまた風がおれを撫ぜる。外では車と自転車が行き交う。そんなふうにごく当たり前の光景を見るのは久しぶりで、そういえば以前、こうなる前に来た時はまだ肌寒さを残す時期であったよなと思った。自粛されているあいだにも季節は当然のように先へ進んでいるのだった。

トルク時枝さんが最近、村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』のことをツイートしていて、おれは「つながっている」と思った。まぁ偶然ですが。最近同書を電子書籍で買い直して読み始めていたのでおぉ!と思ったのでした。しかしこう、偶然であろうが、時を同じくして有名な本といえど全き異なる時点が共通したときの「おぉ…!!」という感じはなんとも言えない気持ちよさがあります。酒を飲みながら読んでいると、主人公がユキの父親に会う場面で色々なことが頭をよぎり現実と混ざり合ってしまう場面になった。そうすると以前おれがどこかで酔っぱらっているときに店内でかかったルーシーインザスカイウィズダイアモンズを聴いて少しトリップした感覚を思い出した。それと同じ感覚を酒と文章で味わってこういうのもあるんだなぁと初めて思った。

頼んだつまみは無くなったがまだ腹が満たされない。酒もなくなった。レモンサワーとたまご丼を頼む。たまご丼とはカツ丼のカツ抜きのことだ。以前、同店で串カツを食べたのにもかかわらず最後にカツ丼を頼んでしまったことがあった。はいよ、と届いてから「しまった」と思ったが別に誰が困るわけでもなくただおれがカロリー過多になるだけなのですが。しかし酩酊の間際にくわっと発せられる曖昧な理性がカツ丼とたまご丼を分けさせる事象は自分でもただただウケるとほくそ笑んでしまう。

帰りみちはまだまだ明るくて腕時計は19:24をしめしている。まだ赤ら顔を恥ずかしく感じる程度に明るい。風が涼しい。少しだけ、誰にも見られないうちに軽くステップを踏んでみる。踊るんだ。おれにはおれの踊りがあってそれは誰にもマネできない。仕事を終えて愚痴を言って酔って食べてアイスを買って帰る。誰にでもそんな時はあるだろう。でもそれが今できるおれのおれだけのダンスなんだよ。

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