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2023.7.18 【全文無料(投げ銭記事)】JALが1年で過去最高利益を上げた理由

人間が真に働く姿を実現すれば

昨年8月24日、京セラや第二電電の創業者の稲盛和夫氏がご逝去されました。

同氏がご逝去される以前に一度、彼の半生を取り上げた記事を書いた経緯がありますが、今回は、
・大西康之著『稲盛和夫最後の戦い JAL再生にかけた経営者人生

・大田嘉仁著『JALの奇跡 稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの』

この2冊を基に、氏のその“世のため人のため”を目的とした経営が、正しく日本の経営哲学の神髄を発揮したものという点を書き綴っていこうと思います。


稲盛氏の最後の仕事は、経営破綻した日本航空(JAL)の再生でした。
2010年に戦後最大の2兆3000億円の負債を抱えて倒産したJALが、1年後には過去最高の1800億円、2年後には2000億円の利益を上げて、世界で最も高収益の航空会社の一つとなったという驚くべき奇跡が演じられました。

それは、人間が本来の働く姿を実現すれば、どれほど偉大な結果を成し遂げる事ができるかを示した歴史的偉業です。

稲盛氏はこう語っています。

JALという企業が腐っていることは、日本中の誰もが知っていました。
再生は不可能だと思っていたでしょう。
その『腐ったJAL』を立て直せば、苦境に陥っているすべての日本企業が『JALにできるのならば俺たちにもできるはず』と奮い立ってくれる。
そこから日本を変えられる。
そう思ったのです。

大西康之著『稲盛和夫最後の戦い JAL再生にかけた経営者人生

“腐ったJAL”を立ち直らせたのは、構造改革やアメーバ経営など幾つかの柱がありますが、その基盤を成し、且つ全ての日本企業が学べる“人間が真に働く姿”を中心に見ていきたいと思います。

それは西郷隆盛の『敬天愛人』に通ずる理想でした。

机の間を回り、一人ひとりの社員に「ご苦労様です」

稲盛氏に従ってJALに乗り込んだ僅か数人のうちに、『JALの奇跡 稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの』の著者である大田嘉仁氏がいました。

大田氏は意識改革を担当し、稲盛氏によるJALの社員の変貌ぶりを克明に記しています。

その中で、稲盛氏がJAL再生に取り組む姿をよく表しているのが、会長着任の翌日に羽田空港のある職場を訪問した時の光景です。

そこの幹部が、
「せっかく会長が来られたのだから、幹部社員を集めましょうか」
と聞くと、
「とんでもない」
と言って、すぐに職場の中に入っていきました。

そして、机の間をくまなく回り、一人ひとりの社員に
「ご苦労様です、会長になった稲盛です。大変だと思いますが、私も頑張りますので、皆さんも頑張ってください」
と声をかけて回った。
社員が驚いて、立って挨拶をしようとするとそれを制して
「仕事の邪魔をして申し訳ない。仕事を続けてください」
と話された。
・・・
同行したJALの幹部も本当に驚いていた。
それまでJALの経営陣が現場を訪問することはあまりなく、あったとしても、会議室に幹部を集めて、報告を聞き、訓示するというのが普通だった。
だから、稲盛さんが空港現場に来ても
「これまでと同じだろう、もしかしたら、現場が悪いと怒られるかもしれない」
と警戒もしていたようだ。
ところが稲盛さんはさっさと職場に入って社員に温かい声をかけて回る。
同行した幹部は
「あれには参った。あれで現場の社員は稲盛さんのファンにすぐなった」
と話していた。

大田嘉仁著『JALの奇跡 稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの』

稲盛さんは私たちを愛していると話してくれた

稲盛氏は、京セラでは西郷隆盛の『敬天愛人』を社是としていました。

鹿児島出身の稲盛氏にとっては、子供の時から聞かされていた言葉でしょう。

大田氏は稲盛氏と同じ鹿児島の小学校を出ています。

そこでは校長室に西郷隆盛の『敬天愛人』の書が掛かり、校訓は、
「強く、正しく、うるわしく」、
先生方は、
「負けるな」
「嘘をいうな」
「弱い者いじめをするな」
と繰り返し教えていたそうです。

稲盛氏が常々、
「社員は家族」
「家族を幸せにするのが経営」
と言い切るのは、この“愛人”の現れです。

自ら現場を廻って、
「私も頑張りますので、皆さんも頑張ってください」
と声をかけて廻ったのは、この“愛人”が行動に現れたのです。

幹部を集めての会議で、こんな発言があったと大田氏は紹介しています。

「私はJALを、社員の皆さんを愛している。これからもきついことを言うかもしれないが、それは皆さんが幸せになってほしいと願っているからだ。まだまだ厳しい道のりは続くと思うけれども、ぜひ一緒に頑張っていきましょう」
それを聞いた幹部の何人かは涙を流していた。
私は驚いて、
「どうしたのですか?」
と尋ねた。
するとその幹部は
「こんなとき、トップはもっと頑張れと叱咤激励するのが普通なのに、稲盛さんは私たちを愛していると話してくれた。愛しているとは、自分を犠牲にしてでも相手に尽くそうというときに出る言葉です。それを聞いて感動して涙が出てきました」と話をしてくれた。

大田嘉仁著『JALの奇跡 稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの』

「私はJALを、社員の皆さんを愛している」
とは、“愛人”そのものです。

そして、
「自分を犠牲にしてでも相手に尽くそう」
とは、正しく“敬天”、即ち“天に従った利他の生き方”ということでしょう。

色々な発言も、行動も、結局は『敬天愛人』に繋がっていると考えると、稲盛氏の理想の根幹に迫れると思います。

JAL再建に飛び込んだ稲盛氏の“三つの大義”

「自分を犠牲にしてでも相手に尽くそう」
とは、正しくJAL再生に取り組んだ稲盛氏の姿勢でした。

JALの会長に就任した時は、既に80歳近く。

京セラと第二電電を育て、功成り名を遂げた氏が、残りの人生はゆっくり休もうと考えても当然の年齢です。

しかし氏は、JALの再建を依頼されて引き受けました。

「誰がやってもうまくいくはずがない」
と噂されていたJALに飛び込んで、晩節を汚す恐れがあると周囲は皆反対でした。

しかし、稲盛氏は次の“三つの大義”から引き受けます。

第一は、日本経済への影響です。

JALの凋落は、日本経済がバブル崩壊から衰退していく象徴のようでした。

かつて世界一の航空会社だったJALが二次破綻でもすれば、日本はもうダメだと世界中から見られてしまいます。

第二は、社員の雇用を守ることです。

既に2万人近くの人員削減を実施した後に、残った3万2000人の雇用すら二次破綻で失われる恐れがありました。

第三に、JALが二次破綻してしまえば、日本に残る大手航空会社はANA1社になってしまいます。

2社の健全な競争が失われれば、国民にとっても良くありません。

稲盛氏がJAL再生に取り組んだ動機は『敬天愛人』でした。

そして、その成功をもたらしたのも『敬天愛人』だったのです。

JALに入社して初めて他部門の人たちと話をした

大田氏は、稲盛氏の考えを浸透させようと勉強会を始めました。

『JALフィロソフィ』として自分たちでまとめた内容を手作り教材で、しかも古いビルの物置のような場所を自ら改造した教室で教えます。

そこで幹部も平社員も、正社員も非正規雇用の人々も、更には運行、客室、空港、整備、間接部門など職種に関係なく一緒に学びます。

JALに入社して初めて他部門の人たちと話をしたという人も多かった。
例えば、パイロットやCAの人たちは、この勉強会で初めて整備や営業の人たちと顔を合わせ、新たな気づきもたくさんあったという。
CAの人たちは整備がきちんと仕事をしないからトラブルが多発すると思っていた。
整備の人は、CAの機内設備の扱いが荒いのも、故障の理由の一つだと考えていた。
相互不信があったのだ。
しかし、話をしてみて、一見派手に見えるCAの方々が、早朝から深夜までのシフト勤務による激務をこなしながらも笑顔を忘れないことを、整備の人も汗や油にまみれながら時間内に整備を終えようと毎日必死に努力していることを、直接話をすることで実感したのだ。

大田嘉仁著『JALの奇跡 稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの』

ここから部門を跨いだチームワークが生まれました。

例えば運行計画よりも多くのお客さんの予約が入れば、今までは満席ですと断っていたのを、大きな機体に変更して、より多くのお客さんを乗せて売上げを増やす事ができるようになりました。

予約が少なければ小さな機体にして燃料コストを削減します。

機動的な機材変更は、整備、パイロット、客室乗務員、空港の販売カウンターなど、部門を横断した機動的なチームワークによって、初めて実現可能となったのです。

“こころをひとつにする”という『JALフィロソフィ』の1項目がもたらした成果でした。

『敬天愛人』によって、人々はこのように自ら成すべき事を考え、周囲の人々と“こころをひとつにする”ことで力を合わせてそれを実行するようになります。

それは従来のように、他部門の人を責めて文句を言いながら孤独に沈んでいるよりも、遥かに人間らしい働き方です。

お客様に喜んでもらえるので、仕事が楽しくなっています

『JALフィロソフィ』と言っても、難しい教えではありません。

「人間として何が正しいかで判断する」
「美しい心をもつ」
「常に謙虚に素直な心で」
「常に明るく前向きに」
などと、小学生でも分かるような言葉が並んでいます。

鹿児島の小学校で、『敬天愛人』として教えていた内容に繋がっています。

JALの人たちは今まで何でもマニュアル通りにやるか、そこから外れる場合は上司にお伺いを立てなければならなかったのが、
「人間として何が正しいかで判断する」
と教わり、
「それに従って自分で判断していい」
と言われた時には、
「自由になった」
「本当に嬉しかった」
と語っています。

客室乗務員や、空港カウンターで応対をしている人、お客さんからの電話を受ける人たちからは、
「フィロソフィを学び、自分で正しい判断ができるようになりました。その結果、お客様に喜んでもらえるので、仕事が楽しくなっています」
という声がよく聞かれるようになりました。

社員をマニュアルで縛って働かせるのでは、ロボットや奴隷と同じです。

人間は本来、天から利他心を与えられています。

その利他心を発揮できるようになって、
「自由になった」
「楽しくなった」
「優しくなった」
という変化が起こるのです。

これも『敬天愛人』の結果です。

パイロットの卵たちとの激論

“敬天”には、
「約束を守る」
「嘘をつかない」
も含まれています。

これは、特に経営陣や管理職の心を変えた言葉だったようです。

それまでのJALは、
「計画は一流、言い訳は超一流」
と言われてきました。

非の打ち所のない立派な計画を立てながら、なんとしてもそれを達成しようという覚悟もなく、当然、未達成に終わると、
「需要が落ち込んだ」
「燃料費が上昇した」
等々、立派な言い訳を考え出します。

あたら優秀な人間でも、こんな事を続けていたら本人も楽しいはずもなく、会社の業績も低迷するだけです。

「約束を守る」
「嘘をつかない」
に関しては、こんなエピドードがあります。

路線が大幅に減らされ、パイロットを目指して入社してきた候補生たちは訓練もされず、再開の見込みも知らされないまま、他の地上勤務をさせられて、不満たらたらでした。

幹部は、
「とにかく我慢して欲しいと話しているのですが、なかなか理解をしてくれないので、困っています」
と稲盛氏に訴えてきます。

「幹部が逃げ回っていたら解決できるはずはない」
と、稲盛氏は4,50人の候補生との立食のコンパを開きました。

彼らは、ここぞとばかり、稲盛氏に不平を訴えます。

稲盛氏は、
「まずはJALの再建のために一緒に頑張ろうじゃないか。再建が順調に進めばパイロットの訓練は必ず再開する。それまでは今の職場で頑張ってほしい」
と話します。

それでも自分の人生を掛けている彼らは、納得せずに激論が続きます。

コンパが終わりに近づくと、さっきまで真っ赤な顔をして怒っていた稲盛氏は、ビールを注いで廻りながら、
「苦労をかけて申し訳ないな。でも会社の事情も理解してくれよ」
とニッコリ笑いながら、声を掛けました。

その後、卵たちの上司から連絡がありました。

「これまで経営トップは都合が悪いと担当役員に任せきりで逃げていた。でも、稲盛さんは直接出てきて意見を聞いてくれた。駄目なことは駄目とはっきり言ってくれた」
と、感激していると言うのです。

「約束を守る」
「嘘はつかない」
ためには、
「できない約束はしない」
事が必要です。

そして適当な口約束や言い訳で逃げるのではなく、相手と本音で語り合う。

そこに人間どうしの信頼が生まれてくるのです。

当たり前のことを当たり前にやることの大事さ

JALの驚異的な再生には、もちろん大規模な構造改革やアメーバ経営も大きく寄与しています。

しかし、それらもJALの人々が変わらなければ、それまでの何度も失敗した再建計画と同様だったでしょう。

驚異的な再生そのものよりも、3万2000名の雇用と生活が守られ、これだけの人々が、より自由に、より楽しく、より人間らしく働けるようになったということだけでも、他の企業にとって大きな意味があると思うのです。

それは難しいことではありません。

「人間として何が正しいかで判断する」
「約束を守る」
「嘘をつかない」
などという、小学生でも分かるような言葉なのです。

それは古来から我が国に伝えられてきた『敬天愛人』の教えです。

こういう当たり前のことを当たり前にできるようにする、それによって人々は幸せになり、企業も、そして国家も繁栄できるのではないでしょうか。

最後までお読み頂きまして有り難うございました。
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