映画日誌’22-08:ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ
trailer:
introduction:
1959年に44歳の若さで死去したアメリカジャズ界の伝説的歌手ビリー・ホリデイを描いた伝記ドラマ。人種差別を告発する「奇妙な果実」を歌い続けたことでFBIに追われていた彼女の半生を映し出す。監督は『大統領の執事の涙』のリー・ダニエルズ。R&Bシンガーのアンドラ・デイがホリデイ役を演じ、第78回ゴールデングローブ賞で最優秀主演女優賞受賞、第93回アカデミー主演女優賞にノミネートされた。『ムーンライト』などのトレヴァンテ・ローズ、『トロン:レガシー』などのギャレット・ヘドランドらが出演する。(2021年 アメリカ)
story:
1940年代、公民権運動黎明期のアメリカ。国民の反乱の芽を潰すよう命じられていたFBIは、当時絶大な人気を誇っていた黒人ジャズシンガー、ビリー・ホリデイが歌う「奇妙な果実」が人々を扇動すると危険視し、彼女に対して歌うことをやめるよう圧力をかけていた。それでも決して歌うことを諦めないビリーに対し、FBIは彼女を逮捕するため、おとりとして黒人捜査官のジミー・フレッチャーを送り込むが...
review:
ビリー・ホリデイは、サラ・ヴォーン、エラ・フィッツジェラルドらと並び称されるアメリカのジャズ・シンガーである。壮絶な生い立ち、人種差別や性差別、薬物やアルコール依存と闘い、短くも波乱に満ちた生涯を送った彼女の存在は、ジャニス・ジョプリンをはじめとする多くのミュージシャンに影響を与えた。ホリデイの死から約40年後の2000年にはロックの殿堂入りを果たし、2003年には「Qの選ぶ歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第12位に選出された。20世紀で最も偉大な歌手の一人である。
ジャズ・ボーカルの古典となったホリデイの代表曲「奇妙な果実 (Strange Fruit)」、ルイス・アレンという若い高校教師が作詞・作曲したこのナンバーは、アメリカ南部の人種差別の凄惨さを歌う。「南部の木は奇妙な実をつける」と始まり、白人からのリンチによって木に吊りさげられた黒人の死体が腐敗し、死臭を放ちながら風に揺られているさまを描写する。人種を問わず同席できる、当時のアメリカでは革新的だったナイトクラブ「カフェ・ソサエティ」で、ホリデイはこの曲を歌い続けた。
そのことによって彼女は、黒人社会に与える影響力を恐れたFBIから標的にされていた、ということが最近明らかになった。イギリス人作家ヨハン・ハリが2015年に発表したノンフィクション「麻薬と人間 100年の物語」のビリー・ホリデイの章で、麻薬取締局(DEA)の前身であるアメリカ合衆国財務省管轄の連邦麻薬局を率いたハリー・J・アンスリンガーが、「奇妙な果実」を歌わないようホリデイを脅し、彼女のドラッグの問題を利用して追い詰めたことを明かしたのである。
このエピソードに焦点をあて、ホリデイの生涯に迫る興味深い内容だったが、ちょっと散漫な印象。タイトルほど国家権力と闘うわけでもないし、メッセージが曖昧で何を伝えたいのか分からなかった。彼女を取り囲む人間関係も描写が中途半端で、生涯を通して真の友であったと言われるサックス奏者のレスター・ヤングですら印象が薄い。連邦検事が「考えうる限りで最悪のヒモ男」と描写した最初の夫ジミー・モンロー、彼女を食いものにしたペテン師ジョン・レヴィーとの関係もぼんやり描かれるし、最後の夫ルイ・マッケイに至ってはお前どこからわいてきた感すごい。
しかし本作を通して、ビリー・ホリデイが公民権運動の火付け役だったのだと、改めて知ることができた。ニーナ・シモンやアレサ・フランクリンよりも前に、ビリー・ホリデイの存在があったのだ。そういう意味では充分に観る価値のある作品であったし、アンドラ・デイのパフォーマンスも素晴らしかった。今改めて、ビリー・ホリデイが歌う「奇妙な果実 (Strange Fruit)」をじっくりと聴いてみようと思う。
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