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鈴木羽那の美しさを消費するな

 鈴木羽那のことは、学校にいる生徒みんなが知っている。なぜなら彼女が美しいからだ。
 
 鈴木羽那の周りにはいつも人がいる。そして彼女をもてはやす。けれども鈴木羽那といつも一緒にいる人はいない。なぜなら彼女は美しいからだ。

 鈴木羽那はどんなことを考えていて、どんな景色を見ていて、どんなことを思い、胸を踊らせるのか誰も知らない。何が好きで、何が嫌いなのかも、誰も知らない。知ろうともしない。

 なぜなら彼女は美しいからだ。

 鈴木羽那の美しさは、彼女を笑顔にさせる。彼女に心地よい言葉を生み出させる。

 鈴木羽那の美しさは、どれだけ彼女を生き辛くさせたのだろうか。美しさだけが先にたってしまい、自分自身というものが後からついてくる、ということは、どれだけ寂しいことなのだろうか。彼女がノーと言うところを見たことがない。美しい人は美しいというだけで、好かれやすく、嫌われやすい。いつもニコニコしている彼女を見るたびに、かわいそうだな、と思っていた。

 みんな、鈴木羽那の「美しさ」しか、見ていない。

 私はあまり彼女と関わることはなかった。そんなに積極的な性格ではないし、彼女のことを噂するミーハーなやつらでもない。
 けれど一度だけ、話したことがある。
 移動教室の帰りに、私がプリントを落としたとき。近くにいた彼女が拾い、私に渡した。
 今は彼女がなんて言って私にプリントを渡したのか忘れてしまった。彼女の瞳しか覚えていない。
 彼女は、ニコニコと、そしてまるで私が彼女の友達であるかのように話しかけてくれた。でも私はその瞳を見て固まってしまった。
 一瞬間があいたあと、私は「うん……」と言ってプリントを受け取った。彼女は困ったように笑ってから、教室に向かった。

 ああだこうだと言っている私も、結局はみんなと同じだ。

 鈴木羽那はひとりだった。

 鈴木羽那がアイドルになったと聞いた。あの美しさなので、すぐにメディアでの露出も増えた。
 鈴木羽那がセンターの曲ができたという。スマホで「平行線の美学 歌詞」と打ち込み、調べた。

 鈴木羽那にこの曲を歌わせた人のことを思った。彼女はどう思って歌うのだろう。
 でも、おめでとう、と思った。彼女のことを、彼女自身のことを見ようとしてくれている人がいるということに。そしてそれ以上に、この曲を彼女が歌えるということに。

 けれど私はその曲を聞かなかった。
 おすすめ再生で流れてきた時も、飛ばした。

 なぜなら私もまた鈴木羽那に嫉妬している一人だからだ。

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