髪色交換 窓口の向こうのあの子(11/1の日記)

課題が提出できなかった。
せっかく前日までに、指定された教科書のページを読み、評価基準やめあてを始めとする「授業指導案」なるものを不慣れなりに書いてきたにも関わらず、当日USBを握りしめてコピーしようと思ったらそれが出来ないのである。まず第一に、学内のコピー機を使うためにはコピー元のデータをパソコンから飛ばさないといけない。私の中に、ノートタイプで軽量とはいえ、そこそこの体積と重さを伴うパソコンを持ち運ぶなどという選択肢は基本的にない。第二に、USBからデータを飛ばせるコピー機は、PDF変換を必要とする。私は書き上げた指導案をWordファイルで保存してそれっきりであった。つまり、終わった、ということだ。南無…。
でも結果的に、教授に元気よく「印刷に失敗しまして! データ提出しても、イイですか!?(^_^)」と言ったらOKをもらえた。やはり世の中、渡り歩くには元気と愛嬌か。

授業が始まってまもなくの私は、恥ずかしながら、気が気ではなかった。指導案を提出できない。課題点の大部分をしめるであろうそれを紙面で提出できないとあらばそれは一大事、落単さえ有り得るのではと思い始め、なんとかしてこの授業が終わるまでにプリントを用意しなければと、ぐぬぬと思索していた。

気がつくと私は教授の話もそこそこに教室を飛び出し、なんとか提出物を用意できないかと、ふらふらと構内をさまよっていた。というのはふわっとした嘘で、実際は、図書館の中に自由に使えるパソコンがないかと探しに行った。そこでもしパソコンがあったらば、パソコンにUSBを挿してWordファイルを開きPDF変換→USB対応コピー機でコピー、という勝利の方程式が完成する。まあなかったんだけど。
目視で全階を確認しても昔はあったはずのパソコンスペースがなく(コロナ禍において、誰でも触れるパソコンを設置しっぱなしの方が問題あるだろうから、これは当たり前のことなんだけど)、焦りを感じた私は、図書館の一階にある窓口スペースへ向かった。そこには図書館の従業員やアルバイトが在中しており、本の有無や、施設についての質問を受け付けている。

「すみません、ちょっと聞きたいんですけど」
そこには、目元が特徴的な美人がいた。一目見てすぐわかったが、彼女は私と同学部・同級生の学生であった。話したことは無いけれども、目を引く人だったから覚えていた。1回生の長期休み明けに、真っ黒だったショートカットを金髪にして来た衝撃は、未だに忘れられない。遠目で見ただけなのに、授業前、彼女が席に着くまでの数秒、私のはるか前を闊歩していたほんの一瞬、見ただけなのに、そのシーンが、目に焼き付いていて、離れない。豪華絢爛なその金が、忘れがたい。

「はい…」
本を右から左へてきぱきと処理していた手をふと止めて、彼女は私の声に耳を傾けた。場所柄であろう、普段から大人しいはずの彼女の声色が、より一層優しいものとして私の鼓膜に響いた。なんとなくの、その人の目の動きから察するに、恐らく私のことに気がついている。ああ、同学部の、名前は知らないけれど…… そんな感じの目。勘違いだったら恥ずかしい(なんだコイツ、という目だったのかもしれない)。

彼女の金を見た当時の私は、黒髪であった。

「ここって、USBだけやとコピー無理なんすかね。パソコン貸してもらったりとかも、無理っすかね」

いつも通り、愛嬌100%の表情で、出来るだけ楽しげなヤツを演出しつつ、尋ねてみる。

「……」

ほんのコンマ数秒俯いた彼女の髪色は、黒であった。
彼女と対峙する私の髪色は、それと対象的な金。
髪色が、入れ替わってる。

「ああ、それでしたら不可能です」

要約するとそんなことを、彼女の上司から告げられた。彼女の手に余る質問であったらしく、その場にいた別の従業員に相談しているのが見えたからだ。ごめんなさいとありがとうを手短に伝えて(大事なことよ)、その場をあとにした。

1回生の頃の彼女の金と比べて今の私の髪色はどうだとか、当時の彼女と今、黒に髪を染めて図書館の小さな窓口で働いている彼女どちらが本当の彼女なのだろうかとか、一切考えないし、書く気もないが、なんとなく印象に残った。とりとめもない1回生の頃の記憶を呼び起こす、経験であった。

1747字45分

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