【コラボショートショート】海宝家の雑談
コラボ小説番外編「陸で休む」2話の後、主人公の航さんの弟である千洋さん視点のショートショートを書いてみました。
東京某病院。
70歳の兄・海宝航が、昨晩脳梗塞で倒れたと連絡があって、俺は横須賀から駆けつけた。
救急車への通報が早かったことと、医療従事者の適切な処置のお陰で、兄は命を取りとめることが出来た。
倒れたことよりも驚いたのは、兄が昔付き合っていた部下・鈴木澪さんと結婚することになったことだ。当時、兄は既に結婚していたので、不倫をしていたことになる。
状況に頭がついていかないので、病院内のレストランで、コーヒーを飲みがてら、甥の航平に事情を聞くことにした。
航平が言うことには、今は亡き兄の妻・実咲さんが患っていた双極性障害のケアに疲れ切っていた兄を支えてくれていたのが鈴木さんで、崩壊寸前だった兄一家を救ってくれた恩人なのだという。当事者でない俺には理解が難しいが、他人に滅多に心を開かない兄や甥が、恩人と言い切る女性なのだ。とても良い人なのだろう。
「いや~、真面目を絵に描いたような兄さんに、そんな浮いた話があったなんてね」
「千洋叔父さんに結婚を反対されたら、どうしようかと思ったよ!」
航平はケーキを口に運んだ。美しく食べる所作は、兄譲りである。
「反対なんて、しないしない!実咲さんが亡くなってから、脱け殻のようになっていた兄さんが、あそこまで執着する女性なんだ。引き離す理由なんて、どこにもないさ!!」
俺は明るく笑った。
「叔父さんがあの場に居てくれて良かったよ。父と僕だけだったら、鈴木さんを海宝家に迎え入れることが出来たかどうか……鈴木さん、父さんと同じくらい頑なそうだったし、母に遠慮してしまう可能性があったから」
「……だから再会が今になってしまったんだろうな。そういえば航平、どうやって会ったこともない鈴木さんを見つけたんだ?」
俺は軽い疑問を航平にぶつけた。
「父さんが若い頃の鈴木さんの画像をスマホに残していたのを見せてくれたからね。彼女が勤めている病院のHPで見つけた時、すぐに分かったよ」
「兄さん……大胆というかリスキーというか。だけど、兄さんは彼女が離婚したことも看護師になったことも知らなかったんだろう?」
いくらネット社会が成熟したとはいえ、顔だけで闇雲に探すのは困難だ。
「それは、父さんの思い出話の中に、鈴木さんの親友の吉井彩子さんが出てきたからね。彩子さん本人に聞いたら教えてもらえないと思って、彩子さんの夫の透さんとコンタクトを取ったんだ。吉井さん夫妻には、母が強迫性障害の治療中、お世話になって、連絡先を知っていたからね。透さんは、勤務先の病院名までは知らなかったけど、看護師をしていることを教えてくれたよ。あっ、このことは父さんには内緒だからね!」
「へ…へぇ〜。」
俺は口角を無理やり上げた。俺は航平だけは敵に回したくないと思った。
「千洋叔父さん、顔が引きつっているけど?」
「俺、航平が父親思いの良い子に育って良かったなあって思って……」
俺はすっかりぬるくなったコーヒーを飲み干した。
「あ~、父さんだけでなく千洋叔父さんまで僕を子ども扱いして!僕はもう40代半ばなんだから!」
そう言って頬を膨らませる航平は、俺から見たらいつまでも可愛い甥っ子である。
【完】
このショートショートの経緯は、may_citrusさんの短編小説「東雲の幻」で読むことが出来ます。
自分が書いた「新しい航海」(「東雲の幻」の続き)で、航さんが澪さんの寿退社後を知らないことにしてしまったことで、謎に包まれてしまった部分を、今回想像してみました。