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【コラボショートショート】月の世界で眠るあなた

澪さんと再婚し、新潟に住み始めて1年。縁側に座っていると、金木犀の香りに包まれる。

今宵は十五夜。自宅の周りは空き家のため、月明かりが際立って見える。日が落ちる前に近所の空き地から採ってきた芒が潮風に揺れる。

「月の世界から輝夜姫を迎えにきたのは、こんな夜だったのかな……」

いにしえでは、月の世界は死者の世界だと言われていた。僕はこの世を去った前妻、実咲さんに思いを馳せた。

僕がまだ24歳で社会人になり立ての頃。職場で出会った39歳の実咲さんに恋した僕は、なりふり構わず彼女に告白をした。

『私は一回り以上も年上で、あなたにはふさわしくない。そんな交際をしたら、あなたのキャリアに関わるわ』
『私もこの年齢だから、結婚してくれないならダメ、子供も欲しいからすぐにでも結婚したい』

無理難題をふっかけて、未来ある僕を諦めさせようとする様子は輝夜姫さながらだった。結婚しても良いと思った僕は、彼女にプロポーズし、実咲さんと初めての結婚をした。

実咲さんは、一人息子の航平を産んだあと、双極性障害を患った。完治はしない病に長年苦しみ、2020年の流行り病がきっかけで強迫性障害を併発し、夫婦の最大の危機に見舞われたものの、絆を取り戻し、彼女は人生を全うした。

「航さん、淋しいですか?」
冷たい黒豆麦茶を淹れてくれた澪さんが、僕の隣に座り語りかけた。

「淋しさもありますが、こんな穏やかな月の向こうで安らかに眠っているなら、僕はそれでいいと思います」
僕は小さな澪さんの肩にもたれ掛かった。

最近、澪さんはライターだった実咲さんが遺した、強迫性障害の闘病生活の手記を読んでいる。当時のサイトは閉鎖されてしまったが、下書きを航平が大事に取っておいたのだ。

(実咲さん、澪さんは僕だけでなくあなたとも向き合っているよ)

満ちた月の光は、かつての罪さえも穏やかに包み込んでいた。




may_citrusさんの小説、新潟の新居での結婚式のお話です。


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