最後の日【#シロクマ文芸部】
「最後の日記帳の続きを、貴女に綴って欲しい」
12歳年上の夫の遺言だった。
その日記帳は、ハードカバーの飾り気のない黒いノートだ。1ページ目に、「この日記帳に妻を託す」とだけ書かれていた。
「どういうことだろう。託されたのは日記帳の方でしょう?」
夫の書き間違いだろう、私はそう思っていた。
夫が使っていた万年筆を使って、私は1日3行の日記を書き始めた。
日記帳をブルーインクの文字で少しずつ埋めていく日々。内容は天気や食べたものなど、他愛もないこと。
日記を書くうちに、夫の手癖が付いていた万年筆は私の手に馴染んでいった。インクが無くなると、コンバータにインクを飲ませた。はじめは手を汚していたが、いつしか汚さなくなった。
最後の日。私は夫が書き残した一文の意味を知る。日記帳は夫そのものだったのだ。
「この日記帳を亡き夫に捧げる」
私は締めの一文に、こう書き込んだ。
明日からは新しい日記帳にブルーインクの文字を刻んでいく。
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