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つくも×ムジカ 8

石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
彼女が直した楽器は、聴く者、奏でる者を幸福にする魔法がかけられているようだった。
今日もほら、お客さんがやって来た。

「うーん、久しぶりにいい天気!」
大正琴のお嬢さんが、店の空気を入れ換えようと窓を開けた。

ゴトリ。
店の外から、何か不審な音がした。

おそるおそるドアを開けると、そこには古めかしいギターのような形の楽器があった。ギターとは異なり、音を共鳴させるためのサウンドホールはなく、張られているはずの弦もない。ボディには白い模様があしらわれていた。

「あなた、自分からこの店に来たのね」
お嬢さんは楽器を抱えると、店の奥で作業準備をしている魔女の元へと向かった。

魔女は楽器を見るなり、
「これは、かなり珍しいものよ。『螺鈿紫檀五弦琵琶』と言って、今では東の果ての国の宝物ひとつしか残っていないと言われているわ」
と楽器を恭しく受け取った。

「ラデン?シタン?」
お嬢さんは、はじめて聞く言葉に戸惑っていた。

魔女は隈なく五弦琵琶を観察した。

「螺鈿はこの白い模様の部分。貝殻で出来ている。紫檀はボディに使われている木材のことよ。しかし変ね。宝物にしては、メンテナンスがされていないようだわ。そもそも、弦を張った形跡がないわ」

「宝物なら、わざわざ楽器自ら修理屋まで出向かないだろ。理由を『本人』に聞いてみたらどうだ?」
と言ったのは、ネオンバンドの悪魔だ。

「あなた、たまには役に立つことも言うのね」
魔女は、バンドネオンの悪魔に向かって含みのある笑みを浮かべた。

魔女は五弦琵琶に向かって指を鳴らした。五弦琵琶は、みるみると女性の姿になった。古代インドの衣装をまとい、耳には貝で出来た大きめの飾りを着けている。

「……この姿は?」
五弦琵琶は自分の変化に驚いていた。

「古い楽器は付喪神になれるの。五弦琵琶はインド発祥だから、その姿になったのね」

「そうなのですね。ただ、私は楽器と呼ばれて良いものなのか……実は私、音を奏でられたことがないのです」
五弦琵琶はおずおずと申し出た。

「詳しいことを聞かせて」
魔女や付喪神たちは、五弦琵琶を注視している。

「私は、ある国の献上品の試作品として作られました。献上品と遜色無い出来に、私は寺院の宝物庫に納められました。弦を張られることもないまま、私は存在を忘れられてしまいました」

大正琴のお嬢さんは、五弦琵琶の手をとった。

「楽器にとって、人間に忘れられるのがいちばん辛いよね!」
お嬢さんは、かつて壊れたまま忘れ去られていた自分と重ね合わせていた。

「それで、あんたはどうしたいんだ?」
ぶっきらぼうにバンドネオンの悪魔が尋ねた。

「私は、一度で良いから、楽器として音を奏でたい。魔女さん、お願いします。私に弦を張ってはいただけないでしょうか!」
五弦琵琶は深々と頭を下げた。

「ほーほー」
魔女の肩に留まっていたオカリナの鳥が、魔女を促すように鳴いた。

「分かったわ。任せて!」

魔女は心を込めて五弦琵琶のボディに磨きをかけた。紫檀本来の美しさと螺鈿の輝きを取り戻した琵琶に、弦を張った。調律は琵琶自身の、献上品の琵琶が演奏された時の記憶に頼った。

魔女は作業を終えると、五弦琵琶と付喪神たちを連れて、石畳の広場へやって来た。

人通りの多い中、魔女は撥で弦を掻き鳴らした。五弦琵琶の異国の響きに、道行く人は足を止めて、演奏に聴き入っていた。

演奏を終えると、五弦琵琶は満面の笑みを浮かべた。

「魔女さん、私を奏でてくれてありがとうございます。私はようやく『楽器』になれました。もう思い残すことはありません。元の場所に帰り、眠ることにします」

五弦琵琶は言い終えると、魔女の手から消えていた。

石畳の道のある古い職人街。
楽器修理を生業とする少女の姿をした魔女がいた。
魔女が奏でた五弦琵琶の響きは、聴いたものにとって一瞬にして永遠の響きとなった。

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