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【コラボ小説】ただよふ 15(「澪標」より)
あなたが自分のアパートの部屋を会場に、竹内くんと水沢さんの同期3人、新年会を開いている頃、僕は志津と居酒屋にいた。店内は団体客も多く、店員の往来が忙しないほど繁盛していた。
「竹内と鈴木を飲みに誘ったら、見事に振られちまってさ〜。」
そう言いながら、志津はグラスに注がれたばかりのビールを豪快に飲み干した。
僕は梅干しサワーを少しずつ飲みながら、志津のおしゃべりを聞いていた。
性格が真逆とよく言われる僕と彼だが、僕は豪放磊落な志津といると、不思議と安心するのだった。
「航の息子は何歳になった?」
「今年の5月で、17歳になるよ。とうとう僕より背が高くなってしまったよ。」
「そうかぁ。うちはまだチビだからなあ。…っていうか、俺よりもお前の方が先に結婚するとは思わなかったし。」
志津は修士課程に進んだ僕よりも早く社会人になっていたので、彼がそう思うのは自然だった。
「嫁さんとうまくいってるか?」
「…まぁまぁだよ。」
妻の火遊びが元で、新年早々険悪だとは言い出せなかった。
「15歳も上じゃ、喧嘩にもならないか。」
事情を知らない志津の言葉に、僕は力なく笑うしかなかった。
「…ところで、鈴木って最近色っぽくなったと思わないか?」
不意にあなたの名前が出てきて、僕は梅干しサワーが気管に入り、噎せこんでしまった。
「志津…そんな目で彼女を見てたの?」
僕は一気に酔いが覚めてしまった。
「イヤらしい意味で言ったわけじゃねーぞ。付き合っている男が出来たんじゃないかってことだよ。」
志津はグラスを持っていない方の手で、小指を立てた。
「たしかに、鈴木さんは綺麗だけど…」
僕は言葉を濁した。その『男』が既婚者の自分だとカミングアウトするわけにはいかなかった。
「お前が既婚者じゃなければ、鈴木にお前を勧めたんだけどなあ~。お前が結婚した時、あいつまだ中学生だもんなあ〜。」
酔いが回った志津は言葉に遠慮がなくなっていた。
「…志津、とりあえず水飲もうか。」
僕が水を差し出すと、志津は「俺はまだまだ飲むぞ〜」と押し返した。
「鈴木が寿退社なんかしたら…航、お前泣くんだろうなあ。お気に入りの…部下だもんな…」
そのまま志津はいびきをかいて、寝落ちしてしまった。僕は深く溜息を吐いた。
僕は酔い潰れた志津を肩に担ぎ、会計を済ませ、タクシーに乗り込んだ。志津は目を覚ましそうになかった。
「志津、僕は君に打ち明けていないことがまた増えてしまったね。」
双極性障害で苦しむ妻のことに加えて、部下であるあなたと不倫関係になってしまったこと、火遊びをしている妻のこと、そして家族を捨ててあなたと一緒になろうとしていること。
悩みを打ち明けないのは、志津のことを信用していないからではなかった。
あれは昔、父親の遺灰を海に撒いた数日後のことだった。志津は僕のところにやって来て、『これからどうするんだ?』と尋ねてきた。僕は少しでも給料の良いところに就職して母や弟を支えていくことを毅然とした態度で打ち明けた。話を聞いていた志津は、声をあげて泣き出した。『何で志津が泣くの?』『お前が泣かないからだよ!』僕は彼が言うまで、辛いのに泣いていないことに気づかなかった。志津が泣いてくれたから、僕は悲しみに蓋をせずに向き合えたのだ。
志津は情に厚いから、きっと親身になって悩みを聞いてくれるだろう。だけど、あまりにも重い悩みを打ち明けることで、迷惑をかけたくなかった。僕は志津には豪快に笑っていてほしかった。
タクシーが志津の自宅の前に停まった。志津の家は、築浅の一軒家である。
運転手に料金を支払うと、タクシーを待たせたまま、志津を担いでインターホンを押した。志津が酔い潰れていることを伝えると、奥さんがすぐに玄関を開けてくれた。志津と並ぶとかなり小柄だけど、大きな目が印象的な女性である。
「海宝さん、すいません!ウチの旦那、人一倍重いから大変だったでしょう。ウチで少し休んでいきませんか?」
奥さんは、志津が選んだ女性だけあって、夜の急な来客にも動じず、もてなそうとしていた。
「お気になさらず!外にタクシーを待たせてますから。」
僕は志津を部屋まで運んで、タクシーでそのまま帰宅した。
腕時計を確認すると、22時だった。朝から激しく口論したので、妻と顔を合わせるのは気が重かった。
「ただいま…」
家の中に入り、三和土を確認すると、妻の靴はなかった。風呂から出てきた息子と目が合ったが、息子は僕から逃げるように自室に籠もってしまった。
『お前が結婚した時、あいつまだ中学生だもんなあ〜。』
あの頃の僕は妻と心から結婚したいと思っていたし、そのことに後悔はしていなかった。でも結婚生活が長くなっていくうち、15歳差という現実が重くなっていった。
妻は歳を重ねていき、数年前に閉経を迎えた。妻が病になってからも、時々あった夫婦の営みは、それを機に無くなってしまった。『女性として終わってしまったから、そういうのは辞めよう』と、拒んだのは妻の方からだった。それなのに、妻は同じ年頃の男と、毎日のように逢瀬を繰り返している。結局、僕は妻からみたらお子さまだったのかもしれない。そう思ったら、ますます悔しくて悲しくて辛くなった。そんな自分の惨めさが、妻への怒りに拍車をかけていた。
僕はあなたを思えば思うほど、今まで考えないようにしていた妻への思いも深めていったのだ。
海宝課長が志津課長と飲んでいる頃の澪さんの様子は、may_citrusさんの原作13話に描かれています。
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