見出し画像

紫陽花の季節、君はいない 15

俺の実家も古い家柄だったから、端午の節句は一族が集まっていた。
しかしそれは形式だけだったし、弟が生まれてからは俺は不参加だった。

この家は従妹の初節句を祝う位だ。きっと國吉も端午の節句の時は祝福されるだろう。
幸せそうな光景を見て、俺は少し淋しさを覚えた。

甘酒は紙コップに注がれ、お盆に乗せられ運ばれてきた。
「はい、どうぞ。本当は社務所に上がってほしいけど。」
「此処で、大丈夫です。」
俺は甘酒を受け取ると、玄関に置かれた長椅子に座った。
甘酒を飲むため、俺はマスクを外した。

「貴方、梅雨の時季の朝に紫陽花の森で綺麗な銀髪の女の子と一緒にいた人よね?」
俺は甘酒を落としそうになった。
銀髪の女の子とは、もちろん紫陽のことである。
咄嗟の機転が利かない俺は、肯定も否定も出来ずにいた。

「二人ともすごく幸せそうだったから、印象に残っていたの。」

──紫陽のことを知っている人間がいた。
そのことが俺を混乱させた。

知らない人の前で感情を出すのは苦手な俺だが、思わず涙が溢れてしまった。

「すいません。急に泣いてしまって。」
俺が謝ると國吉の母親が、
「私こそ、ごめんなさい。
その袋の中の腹帯を見て、てっきり貴方と彼女は結ばれたと思ったから…。」
と頭を下げた。

俺は、この人に言われて大事なことを思い出した。
紫陽は「俺と一緒に生きる」ために、何処かで生まれ変わるのだと。

読んで下さり、ありがとうございます。いただいたサポートは、絵を描く画材に使わせていただきます。